第26話 気
『その材料があれば死者さえも生き返らせる事が出来ると、望みを与えたのはお前たち呪術師だろう』
「貴桐」
俺の肩を侯和が掴んだ。
「……なんだ、侯和」
「……拾えば……いいのか」
その言葉に、俺は侯和へと目を動かした。
俺と目線を合わせた侯和の目は、その感情を隠している。
俺の片目の色は変わっている事だろう。
騒ぎ立てるように聞きたいだろうが、俺の思いを理解してくれたのだろう。
俺から視線を逸らさず、揺れる事のない真っ直ぐな目がそう伝えていた。
「拾えばいいんだな、貴桐」
『骨くらい……拾えんだろ』
「……ああ。頼む」
「分かった。亜央、手伝ってくれ」
侯和は直ぐに動いたが、亜央は動かず、俺を見ている。
「おい……待てよ……あんたは全て知っていたって事なんだよな……?」
亜央の声が少し震えている。
「聞かせて……くれないか……」
「亜央」
動揺を隠せない亜央を、侯和がやめろと声を掛ける。
それでも亜央は、俺へと向けた目線を動かす事はなかった。
「逆に……知らなかったと言う方が、おかしいんじゃないのか?」
横目に亜央を見ながら、そう答えた。
「おかしい……? そうだな……そうだよな……」
俺は、亜央の反応に長く息をつくと言葉を続けた。
「この塔で俺が見たものは、スカルペルを真っ先に心臓に向け、その後に他の臓器を繋ぎ合わせる……まるで、人を作っているようだった。それでも数えきれない程の死人を見送った。人を作っているはずなのに……な。呪術医の『常識』で言うなら、心があるのは脳……だからお前は、この部屋にいた。ここのブロックは脳が専門だからな。じゃあ、『気』があるのは何処だと考える? その知識は、医術の中にはないだろう。それは呪術の中にある。答えは心臓。生あるものには生を証明出来る中枢を元とする考え方だ。そもそも、気が宿るといった言葉自体が、生のあるものを意味する。気が宿ったから、生きているんだと思わせるんだ。生きているから宿っているんじゃなくて、宿ったから生きていられると主導権が変わる。亜央……お前が来贅についた理由……来贅にしかそれが出来ないと言っただろ」
「……ああ」
「それは来贅がその姿を保ってそこに存在していたからだろう?」
「何故……」
「何故? それもおかしな質問だな」
俺は、亜央の言葉を遮った。聞く必要もない、分かりきった言葉だ。そして、乱雑に置かれた書物に目線を向ける。
「知っていたのかと訊く方が、隠されていたものだと知っていたって事だ。『何故、それを知っている?』ってな。そう訊く事がもうそれが真実だと言っているようなものだろ」
亜央も俺の目線を追って書物を見た。
「言い伝えられてきたものがそこに書かれている。その名がそこに書かれていた……そしてその知識媒体は、現実のものだと知らせる衝撃が奇跡だと崇信する……誰がだ?」
亜央に向ける俺の目に、亜央は小さくも息を飲んだ。
黙って聞いていた侯和と亜央の会話。
『時を留めたようにそこに存在しているその奇跡を、追い求めて集まったのが俺たち呪術医だろ……』
『亜央……この存在を作ったのは呪術医だって言いたいのか……?』
『ああ、そうだよ……だが俺たちは、大きな勘違いをしている』
言いたい事はあるだろう。それでも言葉を飲み込むように息を飲む亜央を、真顔で見つめながら俺は言葉を続けた。
「お前が言っていた通り呪術医が……だろ」