第25話 威
ああ……そうだったな。
咲耶が俺を心配するのは、今に始まった事じゃない。
それでも咲耶は、心配しながらも俺を止める事はしない。
そして……。
俺が問う事を否定しない。
『全て……読まれましたか?』
『……いや』
『それでも……分かっていたんですよね……?』
『ああ』
『それなら何故……』
『読んだのか?』
『はい……全て読みました』
『……そうか』
『貴桐さん』
「貴桐さん……!」
……咲耶。
『じゃあ……話は早いな』
開けた目に映った咲耶に答える俺は。
咲耶の目にどう映っているのだろう。
「咲耶……俺はまだ……俺のまま、か?」
……咲耶の目を見れば分かる。本当は……。
あの時……訊いた時と同じように、少しだけ俯いて、直ぐに顔を上げ、穏やかに微笑んで答えた。
「いつもと少しも変わっていませんよ、貴桐さん。勿論、これからもずっと」
あの時と……同じ言葉だ。
俺は、咲耶へと手を伸ばした。咲耶が直ぐに俺の手を取った。
「……そうか」
咲耶の手を掴みながら、そう答えて立ち上がった。
『許容を超えれば侵食される……そう書いてありました』
「じゃあ……行こう。最後の……仕上げだ。帰るぞ」
「はい」
歩を踏み出す俺に合わせて、咲耶も歩を踏み出した。
「……ついて行きます。何処まででも。例え……『望まないもの』を掴んだとしても」
俺と咲耶の後に、差綺と丹敷がついた。
「……貴桐さん……」
俺の前に一夜が立った。
足を止めた俺は、一夜を真っ直ぐに見た。
「目が……」
……正直な奴だな。
俺は、一夜の肩をポンと軽く叩くと、一夜の脇を抜ける。
「貴桐さんっ……!」
一夜の呼び声を背中で聞いた。
「……最期の言葉は聞けたか?」
俺を気にする一夜だったが、俺はそこには触れず、そう訊いた。
「……はい」
「そうか」
一夜のトーンの落ちた声に、一夜の優しさが伝わってくる。
「……帰るんですか……? 元の場所に」
俺は答えずに、肩越しに一夜を振り向いた。
俺の目を見る一夜は、翳った表情で口を噤む。
「……そんな顔をするな」
「だって……」
口籠もりながらも、俺の目をじっと見る一夜に、俺は笑みを見せた。
「俺の目の色は元々、この色だ。だから……心配するな」
止めた足を踏み出した。
「貴桐さんっ……!」
一夜の手が俺を掴む。
「僕も……行きます。連れて行って下さい」
「…… 一夜」
「僕も行きます、貴桐さん。だって貴桐さん……あなたは……」
俺は、一夜から目線を外すと、ふっと笑みを漏らした。
瞬きをした後に映した目に、ここで見たいと思うものはない。視点を定める事なく、先へと目を向けているだけだった。
ただ俺の頭の中には、全ての知識が揃っている。
そもそもネクロマンシーは、その『気』を呼び出し、情報を得る為の占術だ。
そしてこの占術は、同時に知識を得る為に……。
奴が俺の前に現れた時に言った言葉。
『私は……交渉をしに来たんだよ』
権威を持って交渉する。その知識を得る為に。
「来贅に『生』を与えたんですよね……? 貴桐さん……あなたの体を使う事で……です」
「……はは。まいったな……」
俺は、苦笑しながら片目を手で覆った。
「……貴桐さん……」
片目で一夜を見る俺に、一夜が辛そうにも顔を顰めた。
俺は、ふっと笑みを漏らすと、一夜に言った。
「それが……こいつの望みだからな」
ジジイ……。
『望む事、全て、思いのままに』
あなたが背負い続けた『代償』は、俺が全部……掬って帰るから。




