第15話 材料
書物部屋を出た俺と咲耶は、一夜の様子を見に戻った。
「……いない」
暗がりの部屋に目を動かすが、一夜の姿が見当たらなかった。
「……何処に行ってしまわれたのでしょう……探して来ます」
咲耶は、外に出ようとする。
「いや……待て」
俺は、咲耶の足を止めた。
「貴桐さん……?」
咲耶が俺の目線を追った。
俺の目線は、窓の外……宿木だ。
「あれは……」
咲耶は、少し驚いているようだった。
……あの少年……。
月明かりが宿木へと降り注ぎ、宿木が光を帯びる。時折キラリと光を強く放つその様は、宿木の元に来た者を受け入れているようだった。
「……どうやら……」
俺は、呟きながら外へと向かった。後に咲耶がついて来る。
主の死……呪術医たちを集約する塔……助けを求めてやって来た少年……か。
この出会いは……。
「偶然ではないようだ」
宿木の元にいる一夜に、俺と咲耶は歩み寄った。
俺たちに気づいていないのか、宿木に降り注ぐ光を見上げたままの一夜は、振り向かなかった。
俺も咲耶も、暫く一夜の様子を眺めていた。
一夜がここに来た時も、何か別なものが一夜の意識を支えているようだった。
そして今も。
ゆっくりと一夜が俺たちを振り向く。
淡い光が映し出すその表情は、一切の不安も見せない冷静にも穏やかな表情で、堂々とした様子さえ見せていた。
……まるで別人だ。
だが……。
その表情は、一瞬で変わる。
俺は一夜に近づくと、そっと頭に手を置いた。
頬を伝う涙をそのままに、俺を少し見上げて目を合わせる一夜に俺は言った。
「……心配するな」
その言葉に頷いた一夜の目から落ちる涙が、一夜の頭から離した俺の手に、キラリと光って落ちた。
流れて零れ落ちるだけ……全てを掬う……か。
まいったな……。これもその一つだったっていうのかよ。
一夜は、俯いたまま、小さな声で話を始めた。
「……全ての呪術医は、塔に入るか、扉を閉めるかを選択させられました。それでも扉を閉めずに続けていた呪術医もいます。初めはそれ程までに塔が口を出す事はありませんでした。ですが、塔が出来てから、塔に入らなかった呪術医は、使えるものが限られていたんです」
「ふん……結局、塔に入らなければ、呪術医を続ける事は難しいという事か」
「はい……それでも何か使えるものはないかと考え、呪術医は新たなものを生み出す方法を常に探していました。元々、呪術医は、あり合わせの材料でブリコラージュする事が出来る……ブリコルールです」
「あり合わせの材料でブリコラージュする、ブリコルールねえ……ふん……成程。修繕するって訳か」
そう言いながら、その言葉を頭の中で繰り返す。
……あり合わせの材料……ブリコルール……。
あり合わせの……。
「貴桐さん……? どうかしましたか」
少し考え込む俺に咲耶が目を向ける。
「……材料」
俺は、そう呟くと、宿木を見上げた。
その心臓に宿りし力を持った者……呪術医を集約し、人々の命までをも囲おうとする塔……。
そしてそこには、人体に特化する呪術がある。
「……それは当然……」
「貴桐さん……まさか……」
咲耶も気づいたようだ。
「あの……どうかしましたか……?」
不安そうに俺を見る一夜に目線を返したが、俺はまた宿木へと目線を戻して言った。
「人には人に使う……材料があるって事なんだろ」