第23話 過
あの書物部屋には、相当な数の書物が並べられていた。
俺は、ガキの頃からずっと、一日に読めるだけの書物を読んでいた。
そもそも、あの部屋に置かれていた書物に書かれていたものは、伝説だ。
伝えられてきた事が、書かれているという事は、伝えられた者が書いたものだと言える。
時が経つにつれ、神秘的要素を含む内容は、本当にこんな事が出来たのかと疑いさえ持つだろう。
ジジイの言葉が浮かぶ。
『『媒体』に導かれ、繋がったものが『媒体』を理解出来なければ、解く事も使う事も出来ない。媒体を疑えと言っているんだ』
呪術の起こりは『望み』であって。
その望みを叶える為に、供物的にも『材料』を揃える。
それが望みを叶える為の……いや。
叶えて貰う為に捧げる犠牲の代替えだ。
簡単に言えば、この命を差し出すから、この命は返してくれという交換条件を成立させる。
望むものと同等、もしくはそれ以上のものを差し出す事で、契約する条件が揃うという事だ。
だが、これは単に契約出来るだけの段階でしかない。
望みを抱えるのは、当然、望みを叶えたいと願う者にあり、望みを託されたものには、叶おうが叶わまいが代償を払う必要はない。
いくら望みを託されようと、そこにあるのは叶える為にある力を借りるに過ぎず、その力をどう引き出せるかは呪術師次第だ。
その力量が足りなければ、望みを叶える力量もない……そういう事だ。
例え同等のもの、それ以上のものを差し出したとしても、この時点でもうその力を使う主導権は差し出す側にはない。
自分にないものを他に求めた事で、既に証明されている事だ。
だから……統御するんだよ。
初めから……な。
「……う……」
俺の頭を掴む手の力が痛みを与える。
頭の中を圧迫される感覚が、この中身までも掴んでいるようだ。
同時に覆い被さる体の重さが、背中からも体の中を軋ませる。
「貴桐さんっ……!」
咲耶の呼び声が俺に意識を失わせないように響いていた。
その声に目を開けた俺は、ゆっくりと咲耶へと目を向けた。
「……差綺」
咲耶の隣に、いつの間にか差綺がいた。
階下の騒ぎは、丹敷と二人でも抑えられたのだろう。
まあ……確かに、ここの呪術医では差綺に敵う相手はいないか。
この塔にいたペイシェントも、無事に運び出せたようだな。
思想の分かれた塔の呪術医たちと、塔に属さない呪術医たちが力を貸してくれたのだろう。
俺と目が合う差綺は、深く頷いて見せた。
『大丈夫』
……そう言っているようだった。
思わず笑みが漏れてしまったのは、差綺に答えを求める丹敷の声が騒がしい事だった。
まあ……無理もないか。
「おいっ! どういう事だよ? 差綺っ! お前、貴桐が動くのは不利になった時だけって言ったじゃねえか! なんで動いた貴桐が不利になってんだよっ?」
「もう……僕の話、ちゃんと聞いてたー? 丹敷」
「聞いてたよっ! だからそのまんまそう言ってるだろーがっ!」
「誰が不利になったって?」
「え……? え? 貴桐が……じゃねえの?」
「『貴桐さんが動くのは、不利に傾きそうになった時だろうけど』僕はそう言ったよね?」
「……ああ……そうだよ。お前はそう言ったよ、だから……」
「不利になったから、貴桐さんが動いたんだよ」
「なんか……言っている事、分かんねえんだけど……差綺」
差綺が丹敷に呆れた顔を見せている。
俺に視線を戻す差綺は、穏やかにも笑みを見せて丹敷に伝えた。
差綺のその言葉に、丹敷の困惑は増したようだった。
「来贅が不利に傾いたからだよ」