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第22話 返

 来贅の手が伸びると、俺の頭に触れた。

 俺は、そっと目を閉じる。


 ……ジジイ。

 俺はずっと、ジジイの後ばかり追っていた。

 ジジイが見るものを、俺も見たかった。

 それは、同じ位置に立ちたかった訳じゃない。少しでも俺の力が、ジジイの手助けになればいいと思っていたからだ。

 ……本当に……少しでも。


『貴桐』

 俺を呼ぶ声が聞こえる事が、俺が存在しているという証明にも思えた。

 だから俺は、必死になって、入りきらない程の知識であっても、この頭に詰め込んだ。


「貴桐」

 ジジイの呼び声が聞く事が出来なくなった途端、俺の名を呼ぶ声が変わった。

 執拗に追い掛けてくるその声は、今も尚、俺を呼び続ける。


 坏は満ちた。後は溢れて零れ落ちるだけ。掬わなければ、全てが地に沈む。


 宿木に宿ったその力は、満ちて溢れて、零れ落ちた。


 ……掬わなければ。


 俺の頭へと伸びた手。そのまま俺に身を被せた。

 堪えようと思えば堪えられたが、俺はその力に逆らわず、共に床に倒れたが、来贅の手が俺の頭にある事で、衝撃は免れていた。

 抱き締めらているような体勢に、長い溜息が漏れたが、小さくも掠れた声を聞き取る事が出来た。


「……返してくれ」


 その声は、何度か耳に流れ込んだ。


「返してくれ……返すから……返してくれ……」


 俺は、その声を耳元で聞きながら、来贅の頭へと手を伸ばして言った。


「ああ……そうだな」


 長く伸びた髪が指に絡む。

「それが……約束だからな」

 天井を仰ぎながらそう言い、淡々と言葉を続けた。


「その命は長くは持たないと、気を入れ替えた。身代わりを立て、気を入れ替えれば生き永らえる事が出来ると知識を得たからだ。その心臓に宿った気は、身代わりとなった者の気……お前が生き続ける事が出来たなら、必ず救えると自信を持っていた。だが……間に合わず、やがてその体は朽ち果て、残ったものは骨だけだった。それでも救える術はあると教えられ、使ってみれば、思うように事は運ばず、失敗に終わった。その体があるうちに、全ての臓器を入れ替えれば、助ける事が出来たんじゃないかと後悔した事だろう。お前ならそれが可能だった……そう思ったはずだ。下手な呪術を使うより、その方が可能性は高かった……そうだろう?」

「……貴桐……お前は……」

「全て……話せると言っただろう」

 来贅の頭に置いた手を、背中へと下ろした。

 手に伝わる事のない鼓動。

 入れ替えた気は心臓に、その思いを(とど)まらせた。

 その姿を取り戻す為の約束は、心臓を差し出す事で叶うはずだと……。

「……本物は一つ……か。そうだな……だから……戻せないんだろ。そして……戻らない。違うか?」

 そう訊くと来贅の手が動き、俺の髪をゆっくりと掴んだ。その手に掴みたかったものを、大事にも掴むような緩やかな力だった。


「……その存在を差し出す事で、私以上の力を手に入れた……そう言いたいか、貴桐」

「……いや」

「……」

 無言になった来贅は、否定した俺の言葉の先を待っているようだった。


「来贅……お前が……俺以上の力を手に入れるんだろ」

 耳元に流れる苦笑が、妙に俺をホッとさせていた。


「……使え。俺を。お前が選んだものは……間違ってはいない。()()()だ」


 俺の頭を掴む来贅の手に、力が入った。

 俺は、その手の力を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

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