第19話 至
咲耶の手に渡った宿木の枝。咲耶は、それをギュッと握り締めて、真っ直ぐな目線を俺に向けた。
俺は、咲耶に頷きを見せると、咲耶も頷き返した。
咲耶の目が、僅かに時を閉ざす。再び開かれた目は、また俺を真っ直ぐに捉えた。
俺を見つめるその目は、赤色に染まり、髪は金色に輝いた。
……咲耶。
こんな事でも起きなければ、手に入れたいと思う事さえなかった。
それが現実として起こる事だと知る事がなかったら、そこに手を触れる事もなかった。
どうしたらいいか、何か方法はないか。
自身の中にないものを、自身の手に引き寄せる手段ならあったんだ。
伝わってきたものが、最終的に現状回避の思考の答えを決める。
それしか方法がなかったと思うのは、それが可能性のあるものだと信じる事が出来たからだ。
『僕も『宿』です。宿であれば、来贅が求める継承者になる事も可能でしょう。これで準備は整いましたね? だから……貴桐さん……僕もあなたと共に塔に行きます』
俺は、また一度、咲耶に頷きを見せた。そして、目線を奴へと戻す。
「だったら従えよ。そういう……ルールじゃなかったか?」
そう答えた俺の目を、来贅は瞬きもせずに見ていた。
互いに目線を動かす事なく、沈黙が時を止めているように感じる程だった。
考えているのだろう。
長い年月の中で得てきたものが、その思考に様々な流れを浮かばせている事だろう。
経験が知識を与え、その思考も時と共に変わっていく。
だがそれは、自身にとって適するものが殆どだ。
以前には考えも及ばなかった事が頭に浮かび、より適するものを浮かばせるだろう。
ただ……。
俺は顔を伏せ、その表情を隠す。
だが、奴は気づいている事だろう。
長い年月で得てきたものには、答えに辿り着く思考の流れは多過ぎる。
それが邪念となるか至純となるか。
見せて貰おうじゃないか。
一度、立ち上がった俺だったが、俺は床にドカッと座り込んだ。
奴の目線が俺を追う。
俺は、俺を見下ろす来贅を当然、見上げた。
「……何の真似だ。抗いもせず、私の意のままでいいと言うのか?」
「まあ……そう焦るなよ。お前の選択に自信があるなら、時を待ってもいいだろう? 少し……」
意味ありげな目線を、奴に送りながら言葉を続けた。
「昔話をしようじゃないか」
俺を冷ややかな目で見る奴だったが、僅かにも反応を見せた。
「昔……話だと……」
「ああ、そうだ。昔話だ」
「何の為の小細工だ。そんな話に付き合わせている間に、何を仕掛ける気だ?」
不信に俺を見る来贅に、俺は静かに笑った。
「そんなつもりはねえよ」
「くだらん」
吐き捨てるように言った言葉は、興味がないと伝えているが……。
どうかな。
「……本当にそう思うか? 結構、興味深い話だと思うが?」
「……興味深い話……? ふふ……私を楽しませるような話が、貴桐……お前に出来るのか?」
「少しくらい話をしたっていいだろう。気は長い方じゃなかったのか?」
「ふ……つまらない事を覚えているな」
「ああ、覚えているさ」
俺は、ゆっくりと瞬きをすると、来贅をまた目に捉える。
「タブーに手を染めた……医術師の話……とか、な?」
来贅の目が大きく動いた。
俺は、クスリと笑みを漏らすと、奴の思念を引きつける。
「な……? 興味あるだろう?」