第18話 定
「さあ……どうする……? 主様?」
俺は、口元を歪めて静かに笑った。
「ああ……これだけは言っておこうか」
奴の目をじっと捉えて、俺は言った。
「本当に必要だと思うものを優先しろよ?」
「貴桐……お前……初めからそのつもりだったのか」
来贅の言葉に、俺はニヤリと笑みを見せる。
「お前が俺に教えたんだろ。俺は、お前が言った事に従っただけだ。忘れたのか? 『主様』」
俺が掴む来贅の手の力が抜けた事に、奴の手を離した。
「一夜の心臓に触れた時に気づいたんじゃないのか。その『気』の姿は、そのままだと。だが……お前が持っているものでは、それは叶わない」
俺から離れる奴の手は、俺を追わず、重力に従って下りる。
だが、目線は俺へと向いたまま、その目は俺を捉えたままで、動く事はなかった。
俺は、そんな奴の目を受け止め、こう言葉を吐いた。
「これで……お前に近づいても、問題はないな?」
「……私以上だと言えるというのか、貴桐」
「だったら見つけてみればいい。お前が選んだ答えからな」
「全てを知ったと……言うんだな?」
「その意味は、お前が一番よく知っているだろう? そもそも、俺がそれを見つける事を待っていたんじゃないのか。お前は俺を殺せなかったんじゃない、殺す訳にはいかなかっただけだろ。だが……今度はどうだ?」
「その為に……自身の命を差し出すと?」
「 それが出来ればお前が必要だったものが手に入る。お前が選んだもの次第で……な?」
「……貴桐」
「じゃあ……お前が俺の元に現れた時……何故、折った?」
俺の言葉に、来贅の目がピクリと動く。
「だったら従えよ。そういう……」
俺は、言いながらゆっくりと立ち上がった。合わせて来贅も立ち上がる。
奴へと向ける俺の手には、宿木の枝が握られている。そこに来贅の目線が動いた。
宿木の枝を折る……それは主交代の布告であり、それは一種の儀式的なもので、その地で成り立った風習だが、そこに住まう呪術師だけに限られるものではない。主となる者が血族以外から選ばれるのは、こうした理由もあった。
当然、その話を知っていなければ、そこに手を触れる事はない。
今となっては主殺しをする事もなく、主が次の主を指名する事に変わっていったが、衰退していないだろう時期に主を殺すなら、一騎打ちが条件だ。
俺は、その枝を握り締めると、咲耶へと目を向けた。
咲耶はずっと俺を見ていたのだろう。互いの目線は直ぐに合った。
俺は、小さく頷きを見せると、宿木の枝を咲耶へと投げた。
結界の中から外へは通り抜けられる。
結界を通り抜けて、咲耶の手に宿木の枝が渡った。
宿木の枝がそこにある事に、一夜が驚いた顔をしていたが、それが何故なのかはいずれ話してやろう。
咲耶……お前の手を借りないとは言わない。
俺の不足はお前がいれば補えると、俺は今でもそう思っている。
だから……それはお前が持っていてくれ。
全てが終わるまで。
お前は願ってくれればいい。それがお前が俺に掛ける『呪い』だ。
お前が俺を心配する事で、俺は守られて来たんだからな。
咲耶が俺に頷きを返した事で、気づいてくれたと分かった。
俺は、来贅に目線を戻すと、止めた言葉を続けてニヤリと笑った。
「ルールじゃなかったか?」