第15話 色
「ちょっと待て……貴桐」
侯和が俺の肩を掴んだ。
「なんだ?」
「咲耶が言っていた。お前……主なんだよな」
「だったらなんだ」
侯和は、書物を俺に押し付けた。
「これにも書いてあった……亜央が言っていた主殺しの話もだ。だが……お前はまだ……」
俺に向ける侯和の目が、強く睨んだ。
「貴桐……主が変わったら……前の主はどうなるんだよ?」
「ああ……」
俺は、押し付けられる書物を手にすると、ニヤリと笑う。
そして、手にした書物を放り投げた。
「貴桐……お前」
「共有出来ないなら、切り離せ」
「貴桐っ……!」
苛立った声と同時に、俺の肩を掴む手が強く力を伝えた。
「侯和さん……!」
咲耶が侯和を止める。
「……咲耶……なんで……お前が一番……掴みたくないものだろ……だから答えたくなかったんじゃないのかよ……」
「初めから……知っていたと言ったら……納得してくれますか」
「咲耶……お前だって納得している訳じゃないだろ……誰よりも納得していねえだろっ……!」
「主になると決まった時から、知っていた事です。そう言うよりも、知っているからこそ、主になったと言った方がいいですね……」
咲耶は、俺と目を合わせる事はなかった。
……咲耶。
あの時の咲耶の言葉が、耳に流れて来るようだった。
『……死なせはしません。絶対にあなたの事は』
「……なんだよ……それ……」
咲耶の言葉に茫然とする侯和に、亜央が近づく。
「侯和」
「亜央……なんだよ……こんな時に……」
「最終的な犠牲を被る事が……主の務めだ。そう……決められている。変える事の出来ない定めなんだよ」
「はは。お前が言うなよ」
「よく笑っていられるな?」
「お前とは……覚悟が違う」
「……そうだな」
亜央は、苦笑すると眼鏡を外した。
そして、真剣な眼差しで俺を見つめる。
俺は、今更だとふっと息をついた。
「ふん……それは後悔から来る謝罪のつもりか? 外さなくても、気づいていたよ」
眼鏡を外した亜央を見て、俺は笑った。
「……ああ。分かっている」
亜央は、眼鏡を掛け直すと苦笑した。
「本当に……あんたには敵わないな」
「別に……俺に勝ちたかった訳じゃねえだろ」
「はは……それもそうだ」
「一度は捨てた後悔が覚悟に変わったのは、差綺と丹敷を見たからだろう? 差綺も丹敷も……知っている事だ。丹敷に言われた事を忘れなければ、少しは違ったんじゃないか? あいつら……知らないふりをしているが、呆れているぞ」
「……そうだな。『それを聞いたら、あんたは必要以上のものを手に入れたくなる。それはあんたを追い詰める事になるんだ。手を出さない方がいい』その通りだったな……」
「ふん……ちゃんと覚えているんじゃねえか」
「……誰も……助ける事が出来ないと知ったからだ。俺には誰一人……救えないと……」
「お前が持った覚悟は……ただの意地だろ。自分に救えない訳がないという意地だ。まあ……それが全て悪いとは言わないがな……白衣を着続けるのもその一つなんだろう? それはお前も侯和と同じに、捨てられないものがあったって事だろ。だから……侯和についていてやれよ」
亜央は、俺をじっと見た後、静かに頷き、侯和の肩を掴んで後ろに引いた。
俺は、前を見据えながら、小さく呟いた。
「侯和、亜央……お前らには……その色が似合ってるよ」




