第14話 媒体
俺が口にした一文に、咲耶は書物から目を離さなかった。
「その心臓に宿りし力を持った者……死を見る事、永遠に叶わん……」
咲耶も文を読み上げた。
「これは……まさか……」
「ああ。さっきのあの男……来贅の事だ」
「来贅……」
俺は、書物の先を捲って咲耶に見せる。
「後に呪術医と呼ばれるようになった男だよ」
「それは……呪術を使って生き永らえる事を、自身で証明したという事ですか」
「……そうなるな」
「では……あの男はずっと生き続けているという事なんですね……」
「そういう事だ」
「心臓に宿りし力を持った者……その者の死をまだ誰も見ていない……それは永遠に……? ですが、それを書き残してあるという事は、僕たち呪術師が抱えるべき問題……そういう事ですよね」
「そうだな……だが、その呪術が容易に使えるものだったとするなら、精霊の力を使う事が出来たジジイが、死ぬ事はなかっただろう?」
「ええ。ですが主様は、その呪術を使う事はなかった……主様はご存知なかったのでしょうか……? ここにはその呪法までは書かれていません。でも主様が知らないなんて……そんな事はなかったとは思いますが……」
「ああ。人体に大きな影響を与えている呪術……それは事実って事だろうが……使うべきものではないもの……そう考えた方がいいだろう。それより引っ掛かるのは、『宿りし者』……分かるだろ?」
「その力を得た者は、一人だけ……という事ですよね」
翳りを見せる咲耶の表情。俺は、咲耶の手から書物を自分の手に取った。
「……ああ。それも心臓に、だ」
「貴桐さん……」
俺は、溜息を漏らすと、書物を閉じた。
「その書物以外には……何か分かるものはなかったのですか?」
「うーん……そうだな……」
俺は、書物が並ぶ棚を見つめた。
ここにはたくさんの書物があるが、主の家によく来ていた俺は、殆どのものに目を通していた。
ただこの書物は、主が死ぬ直前までこの棚に置く事はなかったものであり、主が死ぬまで俺が手にする事のなかったものだ。
そもそも、書物というもの自体、媒体と言えるものだが、それは知識を得る為の紙媒体だ。そして、その中で得た知識は力として使う事が出来る。
だが……。
この書物はまるで、この中に書かれている事の存在を今も尚、追い掛けているようだ。そして逆に追い掛けられている……。
だから主は、自分が死ぬ直前まで、この書物を手元に置いていたのだろう。
それにあの男は、主を知っていた。主が死んだ事も……だ。
……人体に特化する呪術……か。
今まではそれ程までに呪術医たちの動きなど、気に留める事もなかったのにな……。
いくらあの書物が媒体になったからといっても、塔が建って数年は経っている。呪術医が囲われるようになったのも、ここ数ヶ月で大きく動き始めた。
来贅が表立ってくる事になったきっかけが、何かあったか。来贅の目的でも狂わせるものが出来たか……。
そもそも俺たち呪術師まで囲おうなどと……。
……やはり『精霊』か。
一夜の話からしても、塔の存在は好印象を与えない。
まあいい。
覚悟はもう決まっている。
「坏は満ちた。後は流れて零れ落ちるだけ。それを掬わなければ、全てが地に沈む」
「……貴桐さん」
主が残した言葉を口にした俺を、咲耶は心配そうな目で見たが、俺は笑みを返して言った。
「全部、掬ってやるって言っちまったからな」




