第12話 代
「主殺し……?」
侯和と亜央の会話が続いていた。
俺は、耳を掠めていく二人の声を聞いてはいたが、関心はなかった。
おそらく、侯和は聞けば聞く程、気持ちが乱れる事だろう。
それは分かっているが……悪いな。侯和。
一人くらい、素直に感情を吐き出してくれる奴がいても……いいだろう……?
咲耶の……代わりに。
手にした書物を開いた。
血に濡れ、文字を霞ませる。
それでもここに書かれている言葉は……。
俺の指先がそっと文字に触れる。
横目に映る圭。散らばった骨を拾い集めている。
圭が骨を拾う度に、蝋燭の火が一つずつ消えていく。一つずつ…… 一つずつ。
最後の蝋燭の火が消える。
同時に俺は、書物を閉じた。
「……圭」
「……整えました。これでいいですか」
圭は、拾い集めた骨をじっと見つめながら俺に答えた。
「……ああ」
頷く俺も集められた骨を見つめる。
全ての骨を集め……床に並べられた骨。
「じゃあ……繋ぎます」
「ああ」
圭は並べた骨を、糸で繋ぎ合わせる。
その顔は、医術師なのか呪術師なのか。
いや……これこそが呪術医だと言うのだろう。
俺は、一夜の方に目を向けた。
互いの円が結びつき、一つになった円が、互いの血で掻き消されている。
一夜と来贅の間に立つ綺流の目が、ちらりとこっちに向いた。
階下の震動が上階に伝わって来る。
差綺と丹敷が暴れている事だろう。
いくら咲耶の結界で崩壊が免れるとしても、程々にしてくれよ。
全てのペイシェントを塔から出し、受け入れてくれる呪術医に託してくれ。
その時間を繋ぐ事が出来るのは、差綺……丹敷、お前たちにしか出来ない事だ。
人体に特化する呪術を使えるお前たちならな。
圭へと視線を戻そうと目を動かした瞬間、咲耶の視線が重なった。
……咲耶。
一瞬であっても、お前が何を思っているのかは分かる。
お前だってそうだろう? 咲耶。
ただ……。
俺の不足はお前が補ってくれよ。
圭が骨を繋ぎ終わると、薬棚から薬瓶を取る。
薬瓶から零す液体を、手から骨へと移らせる。
そして次に圭は、香を焚き始めた。
……流石だ、圭。
香の香りが、微かな煙と共に漂い始める。
準備が整った事に、圭が俺を振り向いた。
「合っていますか……?」
「ああ、合っている」
「分かりました。続けます」
「ああ」
『香は焚かないんだよ、貴桐』
……そうだな、ジジイ。それはもう分かっている事だ。
だが……この『媒体』には。
『香を焚く』
そう書いてある。
初めにこの部屋に入った時、違和感を感じていた。
それは勿論、目に飛び込んだ光景にも言えた事ではあるが。
様々な薬剤から発せられる匂いがその匂いを抱き込んで、はっきりと分かるものではなかった。
この塔の匂いが独特である事は分かってはいたが、それは圭の父親が使っていた診察室も同様だった。
薬剤の匂い……それはその場所特有の匂いではあるのだろうが。
医術に携わる者が集まる場所は、同じ匂いがする……だが、それと同様に、弔いが行われるところにも同じ匂いがする。
ここには、この二つの匂いが混ざっている。
圭が香を焚いた事で、それがはっきりと分かった。
亜央が俺と圭の様子を見に足を進めて来た。
「主殺しは、その主の衰退が目に見えて現れた時……それを事前に断つ事で安泰が保たれると信じられてきた。だが……中には衰退する前に……いや、衰退などしていないだろう若い時期に……」
俺たちの様子を見ながら、亜央は侯和に話を続けた。
「主を殺す」