第8話 被
「契約する……だと……?」
一夜の言葉に来贅は、クッと小さく肩を揺らして笑った。
そんな事が出来る訳がないと言った様子だ。
まあ……奴ならそう思うだろう。
来贅のそんな嘲笑する態度に、一夜は動じる事はなかった。
綺流の手を掴む一夜は、直ぐに手を離すと来贅へと歩み寄った。
差綺は、一夜と位置を変わる際に、一夜に伝える。
「……共感だよ……分かってるね?」
「うん……分かってる」
差綺の言葉に一夜は頷いた。
「そこに何が含まれているという事も……大丈夫だね? 一夜」
「うん」
一夜は、来贅を見たまま、差綺に答える。
「肯定と否定……それが否定なら……」
綺流が一夜の後を追うようについて来る。
「……貴桐さん」
綺流が動き始めた事に、咲耶が俺を呼んだ。
俺は咲耶に目線を向けたが、咲耶は一夜を見ながら俺に答える。
「僕は……あの時の事を忘れる事はありません。あなたの為の防御は一切しない……どんなに苦しみを抱えたとしても、あなたが……それを手に入れるまで。それが例え……」
咲耶の視線が俺に向くと同時に、一夜の声が流れた。
「望まないものを……掴む。敢えて、だ」
一夜の言葉を聞いた咲耶の表情が変わった。
驚いたようにも見る目が、俺に向く。
俺は、静かに二度頷いた。
「……貴桐さん……」
咲耶は、複雑な心境のようだ。それを表すように咲耶の目線が圭に動いた。
圭も、咲耶と同じ思いを抱える事になる……と。
来贅の心臓を掴んでいた圭の手が、解放されるようにするりと抜けたのを見たからだろう。
「咲耶。結界を。塔にいるペイシェントを守る為だ」
「……はい」
咲耶……俺の思いは分かっているはずだ。
咲耶の指がスッと動く。
その様子を見た差綺が、丹敷に網を解放させた。
俺に視線を向けた差綺の目が、俺に伝える。
あの時のように。
『僕、先に行くね』
俺は、小さく頷いた。
一夜の手が、来贅の胸の中へと沈んでいくのが音で分かった。
力なく頭を垂れた来贅。
……掴んだか。いや……。
俺は、一夜の後ろに立つ綺流をちらりと見た。表情はないが、それが却って確信させる。
掴ませたか。
「…… 一夜……」
圭は、自分が掴んでいたものが、一夜の手に変わった事に戸惑っていた。
一夜が圭に笑みを見せて言う。
「『大丈夫』」
「一夜……」
圭は、一夜の言葉に驚いているようだったが、その後に言った一夜の言葉に更に驚いていた。
「圭……僕を使え」
「一夜……お前を使えって……何を……」
「もう……分かってるから」
そう答えた一夜の視線が俺に向く。
俺に視線を向けたまま、一夜は圭に伝えた。
「あの場所は……貴桐さんたちがいた場所は、呪術師たちが集めた力がそこにあった場所だ。圭も見ただろ……『宿木』そしてオークに寄生する宿木は、最も神聖視される。オークに寄生する宿木は、希少だからだ。それだけで分かるだろ……その宿木を手にした者は、選ばれた者……だけど同時に……より強い力で奪われる。そこに手折った宿木を手にしている限り」
「一夜……!」
圭の悲痛な叫びが響いた。
「言ってくれればよかったのになんてもう言わない……」
「…… 一夜……なんでそんな事を……」
「一人で抱えて、一人で答えを出す……そして僕は、その答えに近づいた時に初めてその後悔に気づくんだ。だけど僕は……」
「待てよ…… 一夜……」
「その前に知ればいい。いや……本当はなんとなく気づいていながらも、その確信に触れる事を躊躇っていただけなんだ。他人事のように……さ……」
「一夜……」
「亜央」
圭の不安を他所に、今度は一夜の目線が亜央に向く。
「答えろ……この存在を作ったのが呪術医なんだろ」
一夜の問いに亜央が答える。
「奇跡を掴んだ者に群がる輩……そこに望むものは、皆、同じ奇跡を掴みたがる。俺だってその一人だ。一番の原因は、誰がより高い能力を誇れるかに集約し、その能力に伴う代償を……」
強くも睨むような目を見せて、亜央は言った。
「誰が被るかだ」