第13話 干渉
「貴桐さん……!」
咲耶が俺のところに辿り着いた頃には、奴の姿は消えていた。
「ああ……大丈夫だ。それより……」
俺は、差綺へと視線を向ける。変わらず差綺は、硬直したように動きを見せない。
「差綺」
咲耶が差綺の肩にそっと手を触れる。
「あ……」
ようやく差綺が動きを見せた。
差綺は、俺に目を向けたが、直ぐに目線を逸らし、俯いて苦笑した。
「……失敗しちゃったね」
……差綺。
「失敗じゃないだろ。お前はこの宿木を守れたんだからな」
「貴桐さん……でも……僕……」
「よく見てみろ。折られていないだろう?」
俺たちの視線が宿木へと向いた。
「な? 差綺。折られていない。お前が守ったんだ。それともお前は、それ以外に網を張った理由があったのか?」
わざとらしく訊いた俺の言葉に、差綺が笑った。
いつもの差綺だ。
「知ってるくせに、貴桐さん」
「そうだな。だが、今はそれでいい」
「……うん」
「差綺っ……!」
丹敷の声だ。
焦った様子で差綺へと走って来る。
「ああ、丹敷。どうしたの? そんなに慌てて」
「慌ててって……お前な……網、使っただろ?」
……ふうん……そこまで感じ取る事が出来る程に、その力が浸透しているのか。
「うん。それが?」
「何してんだよ……お前が網を張るなんて……」
「心配する事なんて何もないよ」
「差綺……」
「それに……もし、何かあったとしたら、丹敷がなんとかしてくれるでしょ?」
「当然だろ」
……全く。この二人は……。
差綺と丹敷のやりとりに笑みが漏れた。
咲耶も二人の様子を微笑ましく見ていた。
「咲耶。一夜はどうだ?」
「ええ……まだ眠っていましたが……」
咲耶の目線が家へと向く。俺も同じ方向に目を向けた。
「……そうか。中に戻ろう。目を覚ましたかもしれないしな」
「そうですね」
俺と咲耶は家へと戻って行く。
「……咲耶」
「はい」
「差綺が張った網なんだが……」
「ええ……干渉、ですね」
「ああ」
俺と咲耶は歩きながら話を続けていたが、家の中に入ると一度会話を止めた。
……まだ眠っているか。
一夜の様子を確認すると、俺は咲耶と書物部屋に向かった。
咲耶に一冊の書物を手渡す。俺が昨日見ていたものだ。
「これは……?」
「前の主……ジジイが一番大事に抱えてたものだ」
「どうしたんですか、貴桐さん……その呼び方……何かあったんですか?」
咲耶は苦笑する。
「媒体になってるんだよ、それ」
「媒体……? この書物がですか……?」
「ああ。あの宿木にも繋がる」
「宿木にも……ですか」
「そこに書かれている事、全てではないが、ある程度は読んだよ」
「もしかして……それが差綺の網にも関係があるという事ですか……?」
「差綺が張った網は、お前も分かっている通り、精霊に干渉するものだ。差綺は、あの宿木に精霊が宿っていると思っている。まあ……それは俺たちも同じだろうが」
「……はい」
「それがどうだ……? 咲耶、お前も見ただろう、あの男……」
「ええ」
俺は、長く息をつくと、言葉を続ける。
「干渉してきたんだよ……それが出来たのは同じものがそこにあったからだろ。それに……ここを読んでみろ」
俺は、書物を開き、指を差す。
「ここ……ですか……?」
その場所に目線を落とす咲耶に俺は、その一文を口にした。
「その心臓に宿りし力を持った者……死を見る事、永遠に叶わん」