第3話 念
差綺の綺流に向ける言葉が続いた。
「何故、君が……いや、『綺流』が攻撃を基とする精霊と伝わるようになったか……君が宿った宿主が君をそうさせた。それに気づいた柯上氏は、君を分離しようとしたんじゃない……?」
「……あなたがそう気づかせたのではないのですか。私に干渉出来るあなたなら……」
「あはは。誰にだって? 僕はそんなに長い間、眠っていないよ。ね……? 圭」
向けられる差綺の視線を圭は受け止めると、ありがとうと答えた。
「……だから……呪術師は嫌いなんだ」
来贅はそう呟くと、圭の腕を掴む手に力を込めた。
差綺と一夜を交互に見ると、力任せに圭の腕を引く。
圭の手が来贅の胸に引き寄せられると、手首を掴んで強引に押し当てた。
「来贅……お前、なにを……」
圭は、不快に顔を歪ませた。
来贅の胸に沈む手が、その感触を掴んだのだろう。
圭は、どうにか来贅の胸から手を抜こうとするが、来贅の背後にいる圭では、思うように力を出せないだろう。
来贅は、圭の手に自分の手を重ねて力を込めた。
「潰せ」
耳を掠める不快な音。
……潰したか。
咳き込む来贅の口から血が溢れ、胸からも血が流れ出す。
差綺が来贅へと伸ばした網が、来贅の血で染め上げられた。
だが……。
差綺は、クスリと笑みを漏らす。
差綺に言わせたら想定内の事だろう。
自身の中に戻った心臓を潰しても、奴は倒れる事はない。
ゆっくりと圭の手を解放する来贅は、真っ赤に染まった自分の手を一夜に向けて口を開いた。
「その鼓動が止まった時に死は決定付けられる……だが……誰かの中でその姿は留まり続け、その姿を残す限り、生き続けているんだよ……これは……主導権を委ねた結果だ……」
……やはり、な。
誰かの中でその姿は留まり続け……その姿を残す限り生き続ける、ねえ……。
俺の目がちらりと綺流へと向く。
相似しないその姿は、来贅が残したかった姿そのものだろう。
苦しさに顔を歪めてはいるが、それでも笑みを見せる来贅は、こう口にした。
「人は……二度死ぬ」
……思念か。
来贅の手が再度、圭の手を掴むと、その手をまた胸に押し当てる。
差綺は、笑みを見せながら来贅に言う。
「だから……解放してあげるって言ってるんだよ」
そう言った差綺を、来贅は睨む。
「解放だと……? 勘違いをするな。私がお前を解放したんだ」
流れ落ちる血が床へと広がり、円を消そうとする。
「チッ……差綺!」
丹敷は、抑えようと網へと力を注ぐが、焦りが見える。
「大丈夫。丹敷はやれば出来るんだから。期待してるって言ってるでしょ?」
「差綺……お前ね……そうは言ってもな……」
呆れた顔を見せる丹敷だったが、差綺はクスリと笑みを見せた。
丹敷を信頼している証拠だ。
「貴桐さん」
咲耶が俺の側へと戻って来た。
「……ああ。今に分かる。気づきたくなかった事をな……」
「そうですね……」
差綺が来贅に問う。
「必要なものなら取り置く……不要なものなら捨てればいい。どう……? 必要だと思って取り置いたものが、不必要だったと思った時に、捨てた瞬間は?」
「……何……?」
来贅の目がピクリと動いた。
「ああ、逆だったね。だけど今、それを感じているんじゃない? だからそんな事をしているんでしょう?」
差綺の目が赤く光った。
冷ややかにも笑みを見せて言う差綺の言葉は、その観念を揺らした事だろう。
「不必要なものを捨てた後に、必要だったと気づいた瞬間だよ」




