第2話 道
「貴桐……やっぱりお前が…… 一夜に枝を折らせたんだな」
侯和の言葉に俺は、目線を送っただけで、言葉を返す事も頷く事もしなかった。
侯和は少し呆れたような顔を見せたが、それはそれで理解してくれたようだった。
「亜央」
侯和は、亜央を振り向いた。
『返せる器がないと言っただろう』
『彼女』を見つめる亜央。腕に抱えるその姿が、亜央の言う『器』だとしても、同じに言える事だ。その『器』には戻れない。
「……何処に……返してやればいい……? 侯和……」
『彼女』を抱きかかえたままの亜央は、震える声でそう言った。
「亜央……」
侯和は、言葉を探しているようだった。
「何処に……返してやればいい……?」
繰り返される亜央の言葉に、侯和は辛そうな顔をしていた。
言葉など、見つかるはずもない。
どうするかは、思いを巡らす本人でしか見つけられない答えだろう。
誰が何を言ったとしても、慰めにしかならない言葉では答えは出ない。
それは、侯和も分かっている事だ。だから何も言わず、亜央が自分自身で答えを出す事を待っている。
お前が……決める事だと。
ただ……その答えに導くだけの道は作ってやろう。
「……咲耶」
俺は、差綺の方をじっと見たまま、咲耶を呼んだ。
「はい」
俺の声に咲耶が頷くと、亜央の方へと向かった。
差綺は、来贅へと網を張りながら、一夜の側にいる綺流へと揺さぶりを掛ける。
「……君……。呪術師は、そこにはないものをその手に掴んで、その力を利用する。目に見えない気の動き……それが君のような存在を掴むんだ。だけどそれは同時に、君のような存在が力を発揮出来る状況へと変わる。僕が言っている意味……分かるよね……?」
俺は、差綺へと目を向けたまま、亜央と咲耶の様子を感じ取っている。
差綺が言う言葉は、亜央が侯和に問い掛けている事にも重なるものだ。
「『宿るもの』がなければ、ただの『気』って事だよ」
……もう……問い掛けても、そこに言葉はない。
器があったとしても、なかったとしても……同じ事だ。
そこに『生』が存在しない限り、戻る事はない。
生を失った『器』に『気』は宿る事は出来ず、『器』をなくした『気』は宿る場所を失う。
だが……そうだな……それでも。
そこに言葉があるのなら。
辿り着いた答えと重なる事だろう。
『何処に……返せばいい……?』
咲耶は、『彼女』の額にそっと指を置いた。
口遊む呪文は、祈りが込められている。穏やかな咲耶の声で、それも伝わる事だろう。
『彼女』の姿が透き通っていく。
亜央は、あっと小さく声を漏らしたが、咲耶を止める事も責めようとする事もなかった。
亜央の腕の中から『彼女』が消えていく。
抱きかかえる腕に掛かる重さは、もう感じはしないだろう。それでも亜央は、その重さを掬うように床を追った。
堪え切れない思いが、亜央の喉を震わせる。
小さくも漏れる声が、俺の耳を掠める事に、俺はそっと目を伏せた。
『彼女』の姿が消えると、残ったものの重さを床に与える。
……軽い……音だ。
それでも……掬えるものはあるだろう。
亜央の声を聞きながら、俺は来贅へと目線を変えた。
「……帰ろう……由希…… 一緒に」
その思いはずっと、抱えられるだろう。その胸に宿って……な。




