第32話 連関
光を帯びる赤い瞳が、冷ややかに笑みを見せた。
圭が描いた円の上に重ねられた差綺の網。その網の上を差綺の蜘蛛が這っていく。
「綺流……僕は君に干渉する」
……ジジイ。
本当は、差綺が自由に生きられる事を望んでいたんだろ。
坏が満ちれば、溢れて零れ落ちていく。
掬わなければ、地に落ちて沈むだけ。
宿木を見つめながらジジイは言った。
『あれが……私の力だ。貴桐……お前は、黙って沈みゆくものを眺める傍観者になれるか?』
宿主をなくした宿木は、自ら生きようと動き出す……か。そうだな。
『留まる場所をなくした宿木は、自ら生きようと動き出す…… 君も……僕のように自由になれたらよかったのに……ね……?』
俺は、本当は気づいていた。あの日……差綺と初めて会った時に、その赤い瞳を見た時に。
『宿木が枯れたってみんなが言ってたから、新しい主に会いに来た。種……持ってるでしょ?』
……ジジイ。
精霊の力を使う事は出来ても、その姿を見た事はない、なんて。
それは丹敷の為でもあったのか……?
ジジイが町へと下りていた頃の話だろう。丹敷の事も守っていたんだよな。
差綺と丹敷は幼馴染み……それは間違いのない事実だ。
同じ媒体で繋がれたという事は、差綺も丹敷と同じ病に繋がれていたはずだ。
そこにジジイの力が結びついたのだろう。ジジイが結び付けたのかもしれないが。
そしてそこには、圭の父親も関わりがあるだろう。
仮の主……精霊使いの継承者。精霊の意向を証明する者なのだから。
生死を彷徨った丹敷に見えた姿は差綺で、その力が丹敷を助けた。
だが……その姿を作ったのは、丹敷自身だろう。丹敷は、そこまでは気づいていないようだが。
呪術医という存在が目についたあの日、あの白衣の呪術医は、差綺を見ていた。
白衣の……呪術医だ。
塔に入らない呪術医は、使うものも限られた。
『塔以外の場所で呪術医がいたとしたなら、塔に入らない呪術医を探しているか……塔に入る術を探している呪術医かもしれません』
丹敷が白衣の呪術医に言った言葉を思い返す俺は、思わず笑みが漏れた。
『何故、なんて訊かないで欲しい。それを聞いたら、あんたは必要以上のものを手に入れたくなる。それはあんたを追い詰める事になるんだ。手を出さない方がいい。『呪術医』なんて、所詮呪術師には及ばない』
死んだはずの者がそこに存在し、治らない病を患っていた者が完治して存在する。
確かにこんな奇跡はないだろう。
そしてその記憶が変わらないものであったなら、尚更だ。
……亜央。
『その気を宿して得られるものは、違う事のない形と性質を同化させる……! そうして作り上げる事の出来た新たな器は、奇跡だろう! それが当たり前に具現化出来れば、死に抗う事など必要なくなる……!』
……確かにその通りだったな、丹敷。
差綺は、自由で気ままで、興味のある事にしか目を向けない。
だがそうなったのは、やりたい事も出来なかった思いがそうさせているのだろう。
後悔などしないように……な。
差綺は、ゆっくりと瞬きをし、クスリと笑みを漏らすと言った。
「僕はね……媒体を動かす事が出来るんだ」
赤い瞳が冷ややかな笑みを見せるが。
じっと捉えた目には、興味を示している。
ジジイ……。俺は、ジジイの後を継いでよかったと思っているよ。
全てを掬うと決めた事は、間違いじゃないと思っている。
だってそうだろう?
俺は今も……。
『新しい主でしょう? 行嘉貴桐さん』
ジジイに守られているもんな。