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第30話 意向

 一夜の上に被さるように乗った綺流の声が耳に入った。


「あなたはその中に……何をお持ちですか……?」


「……聞こえたか? 圭」

 俺の言葉に圭は頷いた。

「……聞こえました」

「探しているぞ」

「継承者……ですよね。一夜は……気づきます。その存在が何なのかを」

「自分の存在にも……だろ」

「そうですね……」


 綺流の問いに答える一夜。


「僕の事は……知らない方がいい」


 その言葉を聞いた俺は、背後の気配を感じ取り、圭に合図する。

「圭」

「はい。覚悟は出来ています」


 綺流の手が一夜に触れる。

 そして、呟くように言うその言葉は。

「あなたが望む事……全て、思いのままに」

 だが、一夜は綺流にこう答えた。


「どうりで似ていないと思ったよ……それは、『僕の意向』じゃない」

「…… 一夜……」

 圭は、一夜の言葉が胸に響いたようだ。

 仮の主……精霊の意向を証明する、精霊使いの継承者。

 それが誰なのかを一夜も分かっている。この二人の繋がりがどれだけ深く、強いのかを証明したのと同じ事だ。


 一夜は、クッと笑みを漏らして、再度、同じ事を口にした。

「……そう……無理だ。だってそれは、僕の意向じゃない。そんな事が出来る訳がない。だから重なる訳がないんだよ」

 一夜の手が、綺流を押し退けようと伸びた。

 睨むような目を見せる一夜。描かれた円が光を放つと、一夜ははっきりとした口調で言った。


「僕だけが助かりたかった訳じゃない。退いてくれ。僕は、お前の後ろにいる奴に話がある」


 俺と圭の間を抜ける風が、頬を掠めて行った。

 それが何なのかは分かっていたが、宿と継承者の間には入れない。

 圭が描いた円の中に一夜がいる限り、近付く事は出来ないだろう。


「器はそのまま……中身だけを入れ替えて、残った物は心臓一つ……全てが寿命だと終わりを告げても、お前は生き永らえる(すべ)を持っている。何故、心臓だけが残ったかって……明瞭だよな……宿木は、宿木自体でも生きられる術を持つ。心臓がそれ自体で動く事が出来るのと同じように。だけど……宿木にしても心臓にしても、必要なものを得なければ、ただそこにあるだけだ。何の存在も示せず、意味もなくなる……何かの『為』という意義がなくなるからだよ」

 言いながら一夜は、綺流を押し退けて立ち上がる。

 そして、一夜の目線が綺流の後ろに現れた姿を睨んで言った。


「治せないものは治せない。治らないものは治らない。延命治療など望んでいない。それはそうだよな……それは来贅……お前が一番よく分かっている事だもんな……半寄生……それが分離なんだろう? そうして生き永らえ、お前は……」

 一夜の言葉が流れる中に、クスッと笑う声が混じった。

 一夜は、構わず言葉を続ける。

「お前は誰を探している? お前は誰を守ろうとしている?」


 来贅の手がスウッと一夜へと伸びると、誘うように差し伸べた。


「一夜! 円から出るなよ」

 俺の言葉に一夜は頷くが。

「……圭」

「分かっています、貴桐さん。その時は……掴みます」

「……ああ」

 一夜の中で様々な思いが浮かんだ事だろう。

 誰の為に、何の為にと繰り返しながら。


『助けて……下さい』

 …… 一夜。

 あの時、頬を伝った涙が、その苦しさを伝えていた。

 一夜の……意向を。

 一夜の目線が圭へと向いた。

「圭……言ってくれれば……よかったのに……なんて……どうして……」

「一夜……」

「……言えたんだろ……」


「……誰……」

 遅れながら来贅が、一夜の問いに答えた。

 虚ろにも、絡み付くような目線と声が、一夜に向いた。


「君を……君が……望む事、全てを」

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