第28話 内在
「亜央……」
悲しげに『彼女』の頬に触れる亜央に、侯和はそれ以上の言葉が見つからないようだった。
亜央は、苦笑を漏らすと、手の位置を頬から頭へと変えた。
「頭の中に刻まれたものってね……そう簡単に崩す事なんか出来ないんだよ」
「……どういう……意味だ……?」
亜央の言葉に、侯和は眉を顰める。
「思考の再構築……そんなものが正しく出来るはずないだろう……問題はそこじゃない」
「おい……まさか……」
「……ダメなんだよ……侯和」
「亜央……何を……」
「何をやってもダメなんだよ」
力なく笑った後に、侯和に目線を向けた亜央。
その目は力強く、亜央の言葉の否定を許さない。
「……咲耶」
俺は、咲耶に声を掛ける。
「……はい」
思考の再構築……正しく出来るはずがない……だが、問題はそこじゃない。
……確かにな。
上階に押し寄せて来た奴らの動きも止まったと同時に、来贅の側に現れていた精霊の姿は消えていた。
精霊が取り込んでいた来贅の心臓……おそらく、来贅の中に戻っただろう。
自ら差し出したその心臓が、その胸に戻る。
ずっと……頭に残っていた。
『身代わりを立て、『気』を入れ替える』
じゃあ……入れ替わった『気』は、誰なんだ、と。
『器』はそのまま……だがその中身は……。
『全ての臓器を取り替えて、新たに作り直す事が出来たなら、苦痛に耐える治療も、いつ死ぬとも知れない恐怖も全て取り払えると。勿論……『器』はそのままで、な……』
来贅は何度となく、意味ありげな言葉を言ってきた。
まるで自分の存在を気づかせるように。
そして、近づかせようとしていた。
心臓に宿りし力を持った者。
その『気』が……動く。
『本人ならば、何かが変わってしまっていたとしても、自分に疑いなど持つはずもない。それが自分だと信じて疑わないからだ。もし俺が、俺じゃないというならば、その体の中に意識を二つ持っていなければ気づかない事だ』
「……巡り巡って元の場所に戻っても……無理ですよね……当に限界は来ているでしょうから……」
そう言いながら咲耶の目は、一夜を真っ直ぐに見ている。
俺は俺で、一夜の方に体を向けてはいたが、目は背後を警戒していた。
「ああ……だから分かる事だろう。不足が補えない『宿主』は……」
言いながら俺は、その気配を感じ取る。
俺の背後……来贅を中心に描かれた円が強い光を放った。
「咲耶っ……!」
「はい……!」
俺と咲耶は、一夜へと向かう。
「差綺っ! 丹敷っ! 一夜の後方に回れっ!」
俺の声に差綺と丹敷が直ぐに動いた。
自分へと向かって来るのが俺たちである事に、一夜は驚いていたが、更に驚いたのは圭の行動だろう。
……流石だな、その理解速度は。
「ごめん、一夜っ!」
一夜の間近にいた圭が一夜を押し倒すと、手にしたスカルペルで自分の腕を切った。
一夜へと落ちる雫は床へと落ち、一夜を中心に円が描かれると、光に包まれた。
不足が補えない宿主は……『ハズレ』
新たな宿主を求めて、寄生する。
亜央の声が耳を掠めていた。
「それは記憶なんかじゃない。意識は無意識に……自分を変える。生きる為の本能だ」
「一夜っ……!」
圭の声が俺の背後から聞こえた。
放たれた強い光が、うっすらとした光に変わる。
一夜を守ろうと覆い被さった圭の位置には。
綺流がいた。