第27話 偽薬
白衣に身を包んだ侯和と目が合うと、俺はニヤリと笑みを見せ、亜央へと向かう侯和の肩をポンと叩いた。
侯和は、静かに頷きを見せる。
項垂れた亜央の横に立つ侯和は、亜央に呼び掛けたが反応は見せない。
来贅を目覚めさせようと亜央が行っていた呪術は、一夜と圭が媒体を抑える事で効力をなくした。
『彼女』が最期の言葉を残し、目を閉じたのもこれに繋がる。
だからこそ亜央は、来贅の存在に縋りつきたかったのだろう。その為に、自分の心臓を差し出したとしても……。
「……心臓……か」
「貴桐さん?」
思わず呟きが漏れた俺を、どうしたのかと咲耶が見る。
「……いや」
俺は、苦笑すると、首を横に振った。
『流石に心臓までは差し出せなかったようだな』
来贅の言葉が頭の中に響く。
「貴桐さん」
咲耶のはっきりとした声に、俺は咲耶を見た。
咲耶は、いつも俺を心配する。
「もし……あなたがその選択をした時は……僕は……」
「……咲耶」
咲耶の目があまりにも真剣で。
だからこそ。
俺は、俺の選択を後悔せずにいられるのだろう。
真剣に俺を見る咲耶の目が、笑みを見せる。
「取り戻す事を選びます」
咲耶の言葉に、俺は二度頷いた。
もし俺が間違った選択をしたならば、咲耶は迷わずそこに手を伸ばすだろう。
『例えあなたが望まないものを掴んだとしても』
『それなら僕にも掴む事が出来ますね』
そこにどんな苦難があろうとも、取り戻す為に掴む。
俺が……望まないものを掴んだ事で、諦めたとしても。
咲耶が諦めはしない。
だから俺は、俺のままでいられるのだろう。
そして侯和も。
「亜央」
届かないだろうと諦め掛けた。望まないものを掴み続けた。
それでも同じものを共に掴む事を選んだんだ。
その呼び掛けに返りがあるまで、呼び続ける。
「亜央っ……!」
「……侯和……」
ぼんやりとしながら侯和を振り向く亜央。
目に映ったその姿に、同じ思いを見た事だろう。亜央の表情が変わった。
「お前……白衣……」
「俺の力なんて……当てに出来るはずがないだろう? 何が必要だったかは、お前が一番分かっていたはずだ」
「ああ……分かってるよ……初めからな……」
苦笑を見せながら立ち上がる亜央。
侯和が抱きかかえる『彼女』へと視線を落とした。
亜央にも分かっているはずだ。もう目を開ける事はない……と。
亜央の震える手が『彼女』の髪に触れた。悲しげに目で見つめながら、小さな声で侯和に伝える。
「反偽薬効果だ……偽薬で副作用が現れ、偽薬だと伝えるしかなかった……それは薬じゃない、大丈夫だと……それが本物の薬剤が効かないと思い込む原因にもなったって事だ。ノセボ効果だよ……」
「嘘を言うなよ」
「……嘘じゃないよ」
「本物の薬剤が効かないから、偽薬を使ったんじゃないのか」
「……どうだったかな……どっちにしたって救えない話だ」
直視しなくてはならない現実を受け止めながらも、亜央は目線を『彼女』から外した。触れていたその手も、そっと離れる。
「それとも亜央……本当に副作用が現れたのは、本物の薬剤の方だったんじゃないのか……? だから使わなかったんじゃないのか」
「……そうだとしても……いや……そうだとしたら……俺は呪術医なんて向いていなかったと言えるな。はは……『綺麗な顔しているだろう?』なんて、病と闘った労いの言葉なのか?」
それでもやはり、拭えない思いは、その手に触れる事を望んだ。
亜央の手が再度、『彼女』へと伸びると、頬にそっと触れた。
「生きていた時だって、綺麗だったさ……」




