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第21話 逡巡

「あいつの……痛み……」

 侯和は、そう呟きながら、亜央の後ろ姿に目をやった。

「差綺の網から解放されちまったんだ、時間がない。侯和、あいつ……自分を犠牲にするつもりだぞ」

 そう侯和を急かしたが、侯和の目線が圭へと動く。

 圭は、目は開けてはいたが、まだ立ち上がれずにいた。一夜が圭を支えている。

「圭……何を……使ったって……?」

 侯和は、圭にそう訊いた。

「手段だって……言ってたよな。それが答えだと」

「はい……」

「人体に特化する呪術に何が使われているか……それは手段だって言ったよな……?」

「……はい」

「……何処にある?」

「何処にあるって……どういう……? だって侯和さん、それは構築された知識体系……媒体にでもしなければ、読む事さえ叶わない……だから俺は……」

 圭は、侯和の勢いに少し押されているようだ。

 困惑した顔を見せている。

 圭の言葉を途中で遮り、侯和が言葉を変える。

「いや……何処に()()?」


 侯和の言葉に一夜が反応する。

「壁……」

 一夜のその言葉に、侯和が動き出した。

 一夜と侯和は、壁という壁を探り始めた。


「……咲耶」

 俺は、一夜と侯和の様子を見ながら、咲耶を呼んだ。

「……はい」

 咲耶の声が少し低い。

 それもそうだ。

 早くしないと、事が大きく動き出す。

 亜央が来贅の元へと行った後、亜央はある文言を口にし始めた。

 その声が耳にずっと流れている。


 壁に手を当てたまま、侯和の動きが止まった。

 ……見つけたか。

「差綺、行け」

「おっけー」

 ……軽いな。

 差綺に目線を向ける俺。差綺が肩をすくめてクスリと笑う。

「差綺……お前ね」

「あー……貴桐さん……僕、忘れている訳じゃないから……ね? だから説教はもう……」

「それならいい。行け」

 差綺は、頷くと侯和の元へと向かった。


「差綺! やばい。防御に張った俺の網が破られる! 入って来るぞ!」

 通路の方が騒がしくなった。

 ……動き出したか。

「ええー。じゃあ、丹敷がなんとかしてよ。僕、そっちに興味ないから」

「興味ないって、お前な……そんな悠長な事言ってる場合じゃ……」

「だって頭のカタイ先生方って言ってたじゃん、丹敷。僕、説教とかそーいうの聞くの苦手なんだよねえー。丹敷は得意っていうか、慣れてるでしょう?」

「差綺……お前な……そんなの慣れてたまるかよ。って言うか、そういう事じゃねえし!」

「そもそも、擦り抜けられちゃうような弱い網、張るからでしょう? ちゃーんと仕掛けてよ」

「分かったよ。お前に出来て、俺に出来ねえ事はねえからなっ」

 俺は、亜央の方に視線を向けた。


 床に落ちていた古い書物。

 それを手にしている亜央だが……。

 ……まずいな。


 通路にいる奴らは丹敷に任せるとして……こっちを早くなんとかしないとな。

 侯和……これはお前にしか出来ない事だぞ。


 壁の中にあるのは、媒体だ。

 そこに亜央が追い求めたものがある。

 だが……それを上手く処理出来なければ……。


「ダメだ……開けない方がいい……」

 そう言ったのは圭だった。

「少しでも傷をつければ、壊れて狂う……塔ごと崩壊する。ペイシェントも巻き添えだ」

 圭の言葉に、侯和と一夜が迷いを見せた。


 止まった空気感に、俺が口を開く。

「ふん……頭のカタイ『先生方』も他人の知識体系をインプットされた機械って訳だもんな。術式真っ最中のペイシェントも、そこでストップって訳か」

「……どうしますか、貴桐さん。彼が唱えるあの文言は、かなり昔のものです。それから見ても、あの喚起法円……来贅が自ら描いたものでしょう。彼が理解出来ているとは思えません。あの書物から得た知識であるのなら、一言一句(たが)わずに読み解けているかは疑問です」

 咲耶の心配も最もではあるが。

 俺は、鼻で笑うと侯和たちに言う。


「成功しようが失敗しようが、来贅には関係ない。来贅だって『宿』だろ。元の心臓が精霊に戻れば、来贅の描いた円は成立する。大体、来贅の心臓自体、何百年動き続けているんだよ。限界に決まってんだろ。それを遅らせる為に、他の心臓で繋いでいるんだからな。その度に精霊呼び出して適合させてんだ。だったら犠牲になればいいだろう。あいつはその覚悟でその呪術を使っているんだからな」


 侯和も一夜も圭の言葉に躊躇ったようだが。


 迷っている時間はない。

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