第20話 簡単
「亜央……」
……侯和もやるせないな……。
一度、擦れ違ってしまったら、互いの気持ちなど分かろうが分かるまいが、噛み合う事が出来なくなる。
その距離は、離れていくばかりだ。
それでも……。
言い訳のつもりか、弱音は吐くんだよな……。
亜央と侯和の会話が続く。
「構築した治療方法に間違いはない、だがそれでも改善が見られない。状態は悪くなっていくばかりで、使える薬剤も術式もなくなっていく。なくなっていけば、効きもしない同じ薬剤を、もう少し続ければ効くからと繋ぎに使って、その間に次のものを探し出す。時間稼ぎだ。その繰り返しなんだよ。他に見つからず、使える薬剤が一周すれば、また元に戻るしかない。もう一度、これを試してみましょうかってな。俺は……それがもう効かないって分かってるんだよ……」
「だからって……お前……」
「同じ薬剤がダメだって分かってんだよ……何度試したって、ダメなものはダメなんだよ。だから……プラセボなんだろ」
「……そんなもの…… 一時的な誤魔化しだ。暗示だろ」
「ああ、そうだよ、勿論だ……そんなので緩和されやしない事も分かってるさ。だからプラセボじゃないというロジックを使うんじゃないか」
「……馬鹿ヤローだ」
「そうだな……だが……目の前に『奇跡』があるなら、迷わず掴むだろう?」
奇跡……か。亜央にしてみれば、それが来贅って事か。
亜央は、来贅の元へと足を進めた。
侯和の手は、悔しさを掴むばかりで、その手はもう亜央へと伸びなかった。
「……侯和」
俺は、そんな侯和を見ていられず、侯和に近づいた。
「貴桐……」
悲しげな瞳は、答えを迷っている。
自分が何を言ったところで、亜央を止める事は出来ないと諦めもあるのだろう。
話を聞いた分では、その諦めも以前に持った結果があったからだ。
……後悔……か。
自分の言い分なんて、通るはずもない……初めに手を離したのは自分だと思い詰めている。
本当に……仕方ねえな。
「呪術医ってのは、自分で自分を縛っちまうんだな」
「……そうだな」
聞き流すような返事の仕方だな。
「ふん……認めるのが随分と早いじゃねえか」
俺は、わざとにも皮肉めいた口調で言った。
「『大丈夫、必ず治る』……その言葉が自分の持っている力量を超えろと、圧力を掛けるんだ」
力のない侯和の声は、やはり諦めを掴んでいる。
「それは自分が自分にだろ」
侯和のやるせない思いは分かっていたが、敢えて厳しい言い方をした。
「……ああ」
気のない返事を返す侯和に、俺は言葉を続ける。
「人に言えば期待に変わる……それは自分に課した責務だろ。その言葉を口にしたならな。それだけの事だ」
「……責務……か。でも……それだけ……か。簡単に言うなよ……」
侯和は、少し俯いて苦笑した。
まったく……なんだかんだで意外に消極的なんだよな。
言う時は言うくせに。
「不満か?」
「不満だろ……」
……なんだ。まだそう思えるんじゃねえか。
「じゃあ、やれよ。不満なら」
「貴桐……」
侯和の目線が俺に向く。
「お前……呪術医だよな?」
「なんだよ……今更……」
苦笑した侯和の目線が、また下に向く。
「だったら……」
迷う思いに少しは効いたか。
侯和が俺に向けた目線は、気づきを得ていた。
「あいつの痛みくらい、取ってやる事、出来んだろ」