第19話 意味
「あはは。役に立ったね?」
丹敷の手を取りながら、笑う差綺。
「うるせえ、馬鹿差綺。お前の毒と同等の毒を持ってるのは、俺なんだからな? お前こそ忘れた訳じゃねえだろうな? 俺との約束」
「忘れてないよ」
「だったら、なんで捨てようとしたんだよ? お前が俺に言った事だぞ、捨てるなって。お前が言う、この世の終わりだったか? 俺はまだ何も見てねえぞ。ホントに馬鹿だな。言っておくけど、俺は捨てた訳じゃねえからな。お前が捨てる気なら、俺が拾ってやろうと思っただけだ」
「あはは……やっぱり丹敷は丹敷だね。君がいれば、僕は存在しているのと同じだから」
差綺は、笑みを見せながらそう言ったが、丹敷の表情は暗い。
「……その姿がなければ意味がねえんだよ……」
丹敷は、俯きながら小さくそう口にした。
差綺は、そんな丹敷の言葉を聞いていながらも、聞いていないような素振りを見せていた。
丹敷にしてもその言葉の重みは体感している事だ。
この塔は、それを実現しようとしている。
全ては、その思いから始まった事だ。
「安心するのはまだ早いぞ」
俺の声に皆が振り向く。
「うん……貴桐さん……僕……」
差綺が俺の隣に立った。
「お前のやろうとした事を責めるつもりはない。だが……」
「……うん」
「少しは頼れ」
「うん」
「分かっているな? 差綺」
「……制御が効かなくなる。本物は一つだけだからね……」
「その本物は……」
俺は、来贅の方へと目を向けた。
眠っているような状態は変わっていないが、側にいる精霊……。
胸元が赤く光っている。
一夜の手元は既に見ていたが、いつの間にか来贅の心臓が消えていた。
差綺の網から解放されて……取り込む事が出来たか。
「……終わりだよ。全てが崩れ始める」
目を覚ました亜央が頭を垂れたままで、そうボソッと口にした。
ちらりと侯和に向けた目線。その亜央の目に、侯和が何かに気づいたようだ。
「亜央……お前……」
亜央は、目線を下に落とすと、悲しげに呟いた。
「……変わっていないって……言っただろ。俺はずっと同じものを追い求めている。ずっと……同じだ」
成程な……それが白衣を着続ける理由、か。
苦笑すると、ゆっくりと立ち上がった亜央は、来贅の方へと向かう。
「亜央っ……!」
侯和が亜央の腕を掴んで止めた。
亜央は、足を止めたが、侯和に目線を向ける事はなかった。
力のない声で、侯和に伝える。
その言葉に、侯和は愕然とした顔を見せていた。
「……変わっていないんだ……救うと……必ず助けると……約束したままなんだ」
そして……。
自分を縛りつけた言葉を口にする。
それは今も尚、絡み付いたままだ。
「『大丈夫』……だから心配するなってな……」
亜央は、歩を進める。
亜央を掴んだ侯和の手が、力をなくしてするりと落ちた。
……侯和。
「亜央……お前……まだ……あの時の事を引き摺っているのか……」
「だったらなんだ? 変わっていないって言い変えるか? 違うだろう?」
「……力を貸せなかったのは……俺も同じだ……」
侯和と亜央の距離が離れていく。
亜央は、一度、足を止めると侯和に言った。
「……別に。お前の力など、初めから当てにしていなかったよ」
素直じゃねえな。
皮肉な言い方しか出来ない。
俺は、そんな二人を見ながら、溜息をついた。