第18話 解放
医術師であった来贅が、病を患い、その命は七日の命だったなら。
そして、来贅が医術師としての能力が高いものだとしたら、その力に縋る者は多かった事だろう。
それ程の力を持つ医術師を、失いたくないと思う者がいた……。それは自分一人だけの思いではなく、周囲の声もあったのかもしれない。
身代わり……。
身代わりになったとしても、能力の高い医術師ならば、助けてくれる。助けられる。
そう……信じていた。
『大丈夫、心配するな。限界を知った呪術医は、その言葉を二度と使わない』
それは医術師にしても同じ事だっただろう。
だからこそ、医術のみならず、呪術を頼った。
それでも……呪術医と名を変えても、その思いは報われる事はなかった。
どれ程の時を経ても。
その術はあっても、実現するに至らない。
当然だ。
言葉に綴るのは簡単な事だ。
それに必要な材料と知識があれば、理論上は成り立つ。
たが……そこに力量の差は書かれない。
だからこそ、結果は保証されない。
だからこそ、限界を知った呪術医は。
その能力を……他者に頼り、集める。
俺は、部屋に向けてパチンと指を弾く。
差綺の網には、咲耶が放った無数の蜘蛛。
蜘蛛が差綺の網を引っ張り始める。
「丹敷……! 受け止めろっ!」
「任せろっ! 貴桐っ!」
ようやく丹敷が気づいたようだ。
自分の首元の網を使う。
……差綺。お前がそこまでの覚悟を持ったなら、同等の覚悟を見せてやる。
「差綺っ……!」
丹敷は、差綺の網と自分の網が繋がるのを確認すると、差綺の腕を掴み、引っ張った。
二人の網が重なり、相殺するようにパッと網が消える。
全ての蜘蛛が床に落ちると、無数の蜘蛛が差綺の蜘蛛へと入り込んでいく。
差綺の蜘蛛は大きく膨らみ、弾けるように新たな網を張り広げた。
その網に圭と亜央が包まれると、赤と青の二色の色を弾けさせた。
……もう大丈夫だな。
差綺の首元に蜘蛛が戻ると、丹敷の首元にも蜘蛛の巣の印が戻った。
「……丹敷……ダメだって言ったじゃないか」
「この世の終わりなんて大袈裟馬鹿。お前が抱えたその呪い……終わっただろ」
「あはは」
「笑ってんじゃねーよ、馬鹿差綺」
「ごめんね、丹敷。でも……」
「なんだよ?」
本当に……この二人は。
俺は、差綺と丹敷を見ながら、笑みが漏れていた。
「役に立ったね?」
差綺は、丹敷を揶揄うようにそう言った。
「……まったく……差綺の奴は……」
俺は、ふうっと長く息をついた。
咲耶は、穏やかな表情を見せていたが、少し呆れたようにこう言った。
「これでは……主様も手を焼いた事でしょうね」
「そうだろうな。分かっていてやっているんだよ、差綺は。勿論、悪意なんかじゃなく……それが差綺のセオリーとロジックなんだ」
「そうですね」
その時、ね……。
……本当に……困った奴だ。
そう思いながらも、やはり笑みが漏れてしまう。
『丹敷は?』
『足手纏いになるから、通路に置いてきた』
『あいつ、なんかの役に立ったりしねえの?』
『まあまあ、その時が来たら役に立つから、ね?』
確かに。
差綺が始める前から丹敷といたら、足手纏いになったな。
丹敷の性格じゃ、絶対に納得しなかっただろうし、差綺を止めただろう。
差綺を立ち上がらせようと、丹敷が手を差し出した。
差綺は、あははと笑って丹敷の手を取った。