第17話 表裏
通路の方で大きな音が響いた。
その音に目を向けると、丹敷が部屋の中へと飛ばされてきた。
丹敷は背後に網を張り、自分への衝撃を抑えた。
驚いた一夜が丹敷に駆け寄る。
「大丈夫っ? 丹敷っ!」
「ああ……上階の奴らが一気に押し寄せて来た。網を張って防御したが、いつまで持つか……」
「上階の奴ら……?」
「ああ。頭のカタイ『先生方』だよ。タイミングを見計らっていたんだろう。攻めて来やがった」
……差綺。
俺は、差綺の方にちらりと目を向けた。
既に部屋の中には網が張り巡らされている。
始まったか。
丹敷が突然、飛ばされてきたのも、差綺が影響しているだろう。
俺が呼んだからといって、何もする事なく丹敷一人を残してくるはずはない。
こっちに集中する為に、解いたか。
後は丹敷でも何とかなると踏んでの事だろうが。
まあ……部屋に飛び込ませたのも、俺に丹敷の状況を伝える為だっただろう。
「差綺は? 差綺は何処だ?」
……やはり分かるか。
「圭を連れて……誰も入るなって……あんなの差綺じゃない……おかしいよ……こんなの……」
一夜が丹敷に答えると、丹敷は差綺の元へと向かう。
「当たり前だろ。差綺はそんな奴じゃない。俺はずっとあいつといたんだ。誰もがあいつを信じる事が出来なくても、俺は……俺だけはあいつを信じてる。信じてやる……!」
……その気持ちは分かるんだがな。浅いんだよ……な。
差綺が何を考えてこんな行動を起こしているのか……心配なのは分かるが、差綺が心配しているのはお前なんだぞ、丹敷。
同じ媒体で繋がれたお前まで、巻き込まないように……な。
差綺は言っていただろ。
丹敷がいれば、自分は存在しているのと同じだと。
気づけよ。
差綺は、媒体を動かす事が出来るんだ。
その媒体が今、何処にあるのか、気づけ。
丹敷が叫ぶ。
「『約束』なんだっ……! 何があっても、どんな事があっても、必ず一緒にいると……約束したんだ……!」
あー……ダメだ。気づいてねえ。
お前まで飛び込んだら、誰が受け止められるんだよ?
俺は、部屋に飛び込もうとする丹敷の前に立ちはだかった。
「なんだよっ! 貴桐っ! どけよっ……!」
俺を退けようと、丹敷が伸ばした手を俺はグッと掴んだ。
「貴桐……離せよ……離せっ……!」
「入るな」
「ふざけんなよっ……! 見捨てるのかよっ……! また……あの時と同じかよっ……!」
「丹敷っ!」
咲耶が丹敷を制する声をあげた。
その声にハッとする丹敷は、俺から目を背けた。言った自分の言葉に後悔しているのだろう。
まあ……そう言いたくなるのも仕方がない。
俺は、丹敷の手を解放する。
細かい網目で張り巡らされた部屋の中にいる差綺には、もう手は届かない。今、この網に触れれば巻き込まれる。そうなったら差綺はこの網を解放するかどうかを悩むだろう。だが、もしこの網を解放すれば、圭は死ぬ。
そんな選択を差綺にさせるな。
「差綺ぃーっ……!」
丹敷の声が響くが、一夜の目が何かに気づく。
俺は、そんな一夜を見て、ふっと笑みが漏れた。
一夜が先に気づくとはな……。
「……増えてる」
丹敷を後ろに引き、よく見ようと一夜が部屋を覗き込む。
「なんだよっ! 一夜っ!」
後ろに引かれた事に腹を立てる丹敷に、一夜は答えた。
「増えてるんだよ……」
「増えてる?」
「うん……蜘蛛が」
俺は、咲耶と目線を合わせると、クスッと笑った。
丹敷も部屋を覗き込むように見る。
「なんだ……あれ……」
だから、お前が一番に気づけよっ!
仕方ねえなと思いつつも、俺は咲耶に状況を聞く。
「配置完了しました」
「じゃあ、始めるか。丹敷、お前、代わりの網、張っておけよ」
「あ? え? なに……網? 代わり? なんでだよ?」
「いいから、黙って網張れ!」
「あ、ああ」
丹敷が網を張り始める。
俺は、網が張られたのを確認すると、部屋に向けて指を動かした。
「その巣を使えるのは、お前だけだなんて思うなよ、差綺…… 一人で抱えようとするんじゃねえよ」
俺の指がパチンと弾かれる。
俺は、差綺に向けて言った。
「知らなかったのか? 同じ巣を共に出来るのは、家族だからなんだよ」