第12話 嫌悪
ガラスケースに張り巡らされた網の上に蜘蛛が乗ると、網を真っ赤に光らせた。
差綺は、横目に亜央を見る。
「ねえ……思考の再構築、だっけ? 同じ記憶を刻みつけるってさ……それで繋げたつもりなんだろうけど、分かってないなー。性質と能力の透過……これが僕のパーミアビリティだよ」
そう言って差綺は、クスリと笑った。
「やめろっ……! 大事な器だっ……! 元がなくなれば、その姿は二度と戻って来ない……! お前らは、元まで断つつもりかっ……! その姿を持って生きさせる事に、何の不都合があると言うんだっ? その気を宿して得られるものは、違う事のない形と性質を同化させる……! そうして作り上げる事の出来た新たな器は、奇跡だろう! それが当たり前に具現化出来れば、死に抗う事など必要なくなる……!」
「君……本当に呪術医なの? 僕の言葉の意味、分かっていないみたいだけど……説明するのも面倒だから、まあいいか」
呆れた顔を見せる差綺は、溜息をついた。
「ふん……自分から招き入れといて、随分と脆いな。他人の干渉が入っただけで、そんな騒ぎか」
亜央の睨む目が俺に向く。
「ふざけるな……俺は、命を預かっているんだ。お前らはその命を消そうとしているんだよっ!」
「命を預かってる、ねえ? 勘違いも甚だしいな。気づいていないようだから教えてやるよ」
俺は、差綺の網に繋がれた圭に近づくと、圭の胸元に向かって指を弾いた。
胸に浮かび上がる印。
その印を見た一夜が、ハッとした顔を見せた。
「圭の命を預かったのは、この僕だっ……!」
……気づいたな。
一夜が呪文を口遊む。
ゆらりと空気が動くと風を作った。
白い光が霧のように舞うと、蒼い光が混ざり合う。
差綺がクスリと笑うと、光がより一層強くなり、ガラスケースに張られた網が色濃く光った。
その瞬間に大きな音を立てて、ガラスケースが割れる。
蒼白い霧がガラスケースを包んだ。
その霧の中へと手を入れる一夜が、何かを掴む。
俺は、その手に掴んだものを見ると、ふっと笑みを漏らした。
一夜の長く伸びた髪が、そっと揺れる。
鮮やかに色を放つ蒼い瞳が、その手に掴んだものを睨みながらこう言った。
「不要なものは切り捨てればいい。必要なものを入れるには、邪魔だ」
亜央が取り戻そうと一夜を掴むが、一夜が放つ光に弾かれる。
自分の力ではどうにも出来ないと分かった亜央は、苛立ちを俺にぶつけてくる。
「おいっ……! 殺す気なのかっ! 止めさせろっ……!」
声を荒げる亜央に、俺は平然と言葉を返した。
「何を言っているんだ、お前は?」
俺の言葉に亜央は怪訝な顔を見せる。
「なんだと……?」
「精霊も継承者も手に入れたんじゃなかったのか? お前がそう言ったんだぞ。だったら間に誰が入れると思っているんだよ? 大体、その中身に手を加えたのは誰だ?」
「……嫌味か」
「ああ、そうだよ、嫌味だ。人の命に触れる呪術医は、都合のいい呪術だけを抜き取れば成り立つのか? 人の中にある『気』を抜き取った、抜け殻同然にしたその器に、他人の臓器を入れ替えて同じ姿を作れば奇跡? 思考の再構築だと? 繋ぎ合わせた者同士の臓器が、同じ姿を持っていたら、互いの思考も組み合わせられると思っていたのか? 笑わせるな。手に入れて当然だと傲った欲望が前に出ちまって、欠落してんだよ」
「欠落しているだと……? 完璧なはずだ……そんな事は……」
「じゃあ、よく見てみろよ」
霧がゆっくりと薄くなっていく。
「……だから……」
それを目に映した亜央は、食い入るように目線を向けたまま、悔しそうにも言葉を漏らした。
「使った呪術に責任が持てないなら、お前が預かったと言う命にも責任が持てないって事だ。何でもかんでも乱用してんじゃねーよ。解く事も出来ねえじゃねえか、無責任ヤローが」
俺の言葉に歯を噛み締める亜央は、声を震わせながらもその悔しさを言葉にした。
……お前も……同じか。
「だから……呪術師は嫌いなんだよ」