第9話 離脱
「……貴桐さん。もし本当にこれが同等の価値を見出せた結果なら……本物は……」
咲耶は、目線を圭に向けながら、そう口にした。
「バイロケーションを見ているとしたら?」
「だから……分離と……」
「意識を体から分離する……それがその姿までも作る。それがバイロケーションだろ」
「ですが……分離されたその姿に、言葉の反応は見られないはずでは……?」
「ないだろ。ケースの中の圭には」
「意識の方を繋いでいるんですか……」
「だから気色悪いんだよ」
「でも……バイロケーションは、自身の意思で姿を現すのでは……?」
「その意思があの中なんだ」
「だから欠落していると……では、繋げる事が出来れば、元に戻るんですよね」
「繋がればな」
「何か……問題でもあるんですか?」
「来贅の干渉済みっていうのがな……」
「その意思が作用するという事ですか」
「ああ」
「厄介ですね……」
確かに厄介なんだが……。
「……」
「貴桐さん……?」
無言になった俺を咲耶が気にする。
もし……来贅の意思が表れたら……。
俺の目線が、差綺のいる方向へと向く。
その目線に気づく咲耶は、ポツリと呟いた。
「……差綺も干渉するという事ですよね……」
俺は、咲耶の言葉に答えなかったが、その代わりに溜息が漏れた。
……どうしたものか。
「亜央っ……!」
侯和の苛立った声に目線を変えると、侯和が亜央に掴み掛かっていた。
反動によろめいた亜央が、ガラスケースにぶつかる。
その勢いに押され、ケースが揺れた。
咄嗟にケースを押さえる一夜に、もう一人の圭が近づき、一方で侯和が亜央に詰め寄る。
「お前……! これが何を意味しているのか、分かってんのかっ!」
「じゃあ……お前は、どっちが本物か分かるのか? ……そう……君も、ね……?」
亜央の目線が一夜に向いた。
最初から知っていたから、一夜を中に……。
まあ……『彼』を見ていたなら、こいつには分かる事か。
「君も見ているんじゃないのか」
意味ありげな目線を一夜に向けて、亜央は言う。
「自分とそっくりな……その姿に」
亜央の言葉を聞きながら、咲耶が呟くように声を漏らす。
「どっちが本物って……」
「……分離だからな……」
「何にしても……彼がこの状況を作り上げているんですよね。その術を持っている……」
「奴が来贅に一番近い存在って訳か」
「それでも白衣を脱がないのが、気になるところですが……本心はどうなのでしょう」
「さあな。あいつにしたって、バラバラなんだろ」
……呪術医の使う呪術には、不足が多い、ね……。
確かにな。
それでも可能性はあるって訳か。
一夜は混乱が続いているのだろう。
近づいた圭に一夜は、驚いた顔を見せ、咄嗟に動いた手がワゴンにぶつかった。
ワゴンが倒れると、薬瓶が落ちて割れた。
俺の目がピクリと動く。
「……貴桐さん……あれは……」
「……ああ」
幻覚剤……。
一夜も侯和もそれに気づく。
侯和の怒りが膨らんだ。
「亜央……お前は……こんなものまで……使ってるのか……おいっ……亜央っ! お前は何を得ようとしているんだっ……!」
亜央は、ふっと笑みを見せると、侯和に答えた。
……救いようがあるのか……? こいつに。
「『調整』だよ」