第8話 複体
一夜に言われた言葉に亜央は髪を掻き、呆れたようにも長い息をつくと、自分が出て来た部屋へと歩を進めた。
そして、部屋の扉に手を掛けると、一夜を振り向く。
「じゃあ……君が言う、時が止まった空間……見てみるといいよ。どうぞ、入って」
亜央の言葉に、一夜が警戒を示す。
だが……。
「一夜、早く来いよ」
何の躊躇いもなく、圭が先に亜央について行った。
一夜の目線が俺に向く。
俺は、一夜に頷いて見せる。
「行くぞ。心配するな。見送るだけなら誰でも出来る。だが……助けられるのは、お前だけじゃないのか、一夜」
「……貴桐さん」
一夜も頷きを見せると、歩を踏み出した。
歩を踏み出した一夜を追い抜いて、侯和が行く。
侯和は、冷静さを欠いている。
そんな侯和の様子に、俺は咲耶に視線を向けた。
咲耶は、直ぐに察して、俺に頷いて見せる。
「一夜、行こう」
背中を押す俺に、一夜は再度頷く。
「僕と丹敷はここにいるよ」
差綺は、指先に糸を絡めながらそう言った。
……頼りにしてるぞ、差綺。
先に部屋へと入った圭の後を追うように、侯和が行く。
俺たちもその後を追って、中へと入った。
……暗いな。
一切の明かりはなしか。外光さえ遮断している。
頭の中に響かせるような機械音が、耳についた。
……嫌な空気感だ。
亜央は、この状態でいるのが常日頃なのだろう。
何処に何があるのか、部屋の中がどうなっているのかを完全に把握している。
明かりが一切ない中で、乱れる事のない安定した靴音。
その靴音が止まると、薄明かりがついた。
……これは……随分と……。
机の上に置かれた書物に目がいった。
調べていたものは、一つの事、か。
乱雑に置かれた何冊もの書物から、その答えを探していたのは見てとれた。
似たような文献ばかりが積み重なっている。
だが、そこに書かれているものは、目的は同じでも、使うものはバラバラだろう。
可能性の高いものを選んだか……いや。可能性が高いもの程、手に入りにくいものだ。
……ふん……呪術医は、あり合わせの材料で修繕するブリコルール。
手に入りやすいものを選んだ、か。
「亜央っ……! お前……!」
カーテンで仕切られた部屋の奥から、侯和の声が響いた。
一夜が先に中へと入った。俺と咲耶も後につく。
目に映るその光景に、俺は顔を顰める。
……最悪だ。
「……貴桐さん……これは……」
咲耶が口を開いたが、その後の言葉を詰まらせた。
「……ああ。奴らにしてみれば、完成間近って事だろうが……」
「……強引過ぎませんか」
「言っただろ……いくつかのものを組み合わせて、それが同等の価値を見出せたら……と」
「これが……同等……ですか……?」
「ふん……気色悪いな」
亜央の後を真っ先について行った圭。
そこに何があるかを知っていたようだ。
「わあああああああああーっ……!」
一夜の叫び声が部屋に響き渡った。
台の上に置かれた大きなガラスケース。
キーンと響き続ける耳障りな機械音は、馴染む事はない。
生命を与えるように繋がれた管。
機械音の中に一定のリズムを刻むのは、心拍音だ。
一夜が叫んだのも当然の事だ。
受け入れられる訳がない。
ガラスケースの中に、圭がいる。
そして……。
「一夜」
その声にゆっくりと振り向いた一夜は、瞬きさえしなかった。
愕然としている一夜を呼ぶ声は、混乱を大きくするだろう。
「……圭……」
そう……圭が二人いるのだから。




