第7話 因循
俺たちの前に姿を見せた男は、白衣を着ていた。
片側だけ伸びた髪。眼鏡を掛けている長身の男だ。
侯和と男は、互いに背を向けたまま振り向く事はなかった。
侯和への言葉の後、少しだけ間が開いて侯和が口を開く。
「……お前……まだ……」
侯和のその声は、怒りからなのか、僅かに震えていた。
侯和は、目線を床に落としながら、手をギュッと握り締めている。
俺は、二人の様子をじっと見ていた。
侯和の言葉に男が答える。
「まだ? 変わっていないと言いたいのか? それとも、変わったままだと? 俺はずっと同じまんまだよ。塔に入ったから上階に行こうとして、このブロックにいる訳じゃない。塔に入るより以前……そう……初めからずっと俺は、同じ事を続けている」
上階の呪術医。
やはり、こいつが侯和が言っていた男か。
「だから……白衣だと?」
侯和の言葉に、男は鼻で笑った。
以前は大半の呪術医が着ていただろう、白衣。
それをこの男だけは、いまだに着ている。
……来贅がこの男だけ、白衣を着る事を許している。
男の言葉が続く。
「分かっているだろ、侯和。何度も言うが、俺がやっている事はずっと変わっていない。呪術医なんだから出来る事を最大限に活かして、何が何でも続けようとするのが、本物の呪術医と言えるんじゃないのか?」
本物の呪術医、ねえ……。
「本物の呪術医だと? 亜央……! いい加減に目を覚ませっ!」
俺は呆れながら聞いていたが、侯和はそうはいかなかった。苛立ちを吐き出すように声を荒げた。
侯和は、亜央を振り向くと、奴の腕を掴んだ。
亜央は、動じる事もなく、侯和に腕を掴まれていても、その手は白衣のポケットに突っ込んだままで、振り向きもしなかった。
「なに言っているんだよ、知っているだろ。俺はね……」
亜央は、侯和に背中を向けたまま、クッと肩を揺らして笑う。
そして、ようやくゆっくりと侯和を振り向くと、笑みを見せながらこう答えた。
「昔も今も、動くものを綺麗なままに、新たな器の『材料』に組み込んで、その『部品』が正しく動くように修繕しているブリコルールだ」
……動くものを綺麗なままに……。
新たな器……材料……部品……修繕。
……ブリコルール。
正直、口を挟みたいところだが、侯和が解決したい問題だ。
もう少し待つか。
「亜央……やっぱりお前は……変わったままだな」
「どんな手段だろうと、人一人助けられないお前に言われるセリフじゃないな」
ここまで拗れる程に、何があったんだ……?
「……亜央。じゃあ言うが、それはお前が描いていた、助けるの意味に合っているのか?」
「愚問だな」
亜央は、笑みを止めると、冷ややかな目を侯和に向けた。
「なあ……侯和。助けるって言うけどさ……俺はホーリズムって事で考えているから」
ホーリズムねえ……。
……本物の呪術医だと言い張って、その発言かよ。
部分病理の追求はしない……そう言っているんだぞ、お前は。
俺は、呆れながら、長い溜息をついた。
「……なんだ、がっかりだな」
侯和と亜央の会話に入ったのは、一夜だった。
一夜からしてみれば、亜央の発言は許せなかっただろう。
一夜だって呪術医だ。
口を挟んだ一夜に、亜央の目が動いた。
一夜は、亜央の冷ややかな目線を受けても怯まず、言葉を続けた。
俺は、はっきりとした口調で言った一夜を、微笑ましく見ていた。
「呪術医を集めて作った塔は、最も高い知識と技術、最も新しく、最もいい機材と人材を使っているのかと思っていた。真逆じゃないか。古い、偏った知識に駆られて、一つも進歩していない。努力の欠片も見られない、自己の中だけの知識が最適だと閉塞している……まるで時が止まったような空間だ」




