第6話 欠落
ペイシェントを中に運び入れ、紗良がペイシェントたちについた。
紗良の力を興味深そうに見る侯和は、彼女にその術を詳しく訊いていた。
その術は圭の父親から聞いたというのもあり、圭も紗良の側にいた。
「一夜、少しいいか」
俺は、一夜と廊下に出た。
「どうかしましたか? 貴桐さん」
「気になる事がある」
「……はい。それは僕も何となく……ずっと引っ掛かっていて……」
やはり幼馴染みだけの事はある。一夜の目線が圭に向いた。
「塔に行けば何か分かるかもしれないが、それを知った時点で、流れが変わる……俺はそう思ってる。それを知り、理解出来なければ、不利になるかもしれないな」
「……欠落している事がある……そう考えて間違いはないですよね……?」
「ああ。もし……そうじゃなければ……」
「……はい」
俺は、圭の様子を窺う。
一見、何も変わっていないようにも見えるが、ある事に対しての反応がない。
それが引っ掛かっていた。
その手に掴んだものは、圭……お前が頼りたかったからじゃないのか。
……それが。
「一夜……お前のその姿に何も答えない訳がない」
目の前にいるんだぞ。
『彼』と常に一緒にいたお前が、その『彼』と全く変わらない容姿に一夜が変わっているのに、何一つ疑問がない訳がないだろう。
髪の色、髪の長さ、目の色。
それでもお前は、この姿を一夜と呼ぶ。
お前が連れていたのは『綺流』だったのに、だ。
その事に全く触れもしない。
「……そう……ですよね」
一夜は、沈んだ表情で呟いた。
一夜の肩にそっと手を置く俺を振り向くと、笑みを見せたが、それは苦笑だった。
「お前なら……大丈夫だ」
そう声を掛けた俺に、一夜は頷いた。
診療所に来たペイシェントを紗良に任せ、俺たちは塔に向かった。
紗良を一人にする訳にはいかず、等為と可鞍を紗良につけた。
もし何かあったとしても、等為と可鞍がいれば大丈夫だろう。
塔を前に一夜と圭、侯和は少し躊躇ったようだが、俺は先に足を踏み入れた。
「行くぞ」
俺の声に皆ついてくる。
中に入ると、変わらず多いペイシェントが目に入った。
下層の青服が不快を呼んだが。
俺たちに気づきながらも、見て見ぬふりなのか声を掛けられる事もなかった。
……まあ、知ってる顔が堂々と入って来ている事に、この雰囲気を見ると来贅は俺たちが来ると分かっているという事だな。
敢えて手出しさせないか。奴らしいといえば奴らしい。
俺たちにしても、ペイシェントが多くいる時間帯を狙って来てはいるのだが。
ペイシェントのいる前で騒ぎは起こさないだろう。
俺たちは上階へと進んだ。
上階に行く途中、中層の奴らと擦れ違ったが、そこでも声を掛けられる事なく、障害なく上階に着いた。
向かう場所は決まっていた。
『あの場所にペイシェントはいない』
俺は、後ろを歩く侯和を振り向いた。
侯和は、俯き加減で俺の目線に気づかない。
……考えてるか。やっぱり。
俺が目線を前に戻すと、奥の部屋の扉が開いた。
俺たちは足を止める。
部屋から出て来た男が、俺たちの方へと歩いて来る。
俺は、その姿を訝しがった。
……白衣。
白衣を着ている呪術医は……いないと聞いていた。
眼鏡を掛けた白衣の呪術医。
俺たちの脇を、目線も向けずに過ぎ去って行く。
だが……。
侯和と擦れ違った後、男が立ち止まった。
……こいつが侯和の……。
男は、侯和を振り向く事はなかったが、その声を聞かせた。
「……元気そうだな。お前の事は耳に入っているよ」




