第5話 停止
呪術医の使う呪術は、人体に特化する。
「私がその時間を作ります」
紗良が自信を持ってそう答えた。
紗良が触れたペイシェントは、目を閉じている。
「……仮死状態か」
そのペイシェントを見た圭は、そう答えた。
「どのくらい持たせられる?」
圭が紗良に聞くと、紗良ははっきりとした口調で答える。
「いいとおっしゃるまで」
その言葉に圭は、まいったと笑った。
だが、紗良が使ったその呪術は、圭の父親から紗良の父親に教えたものだと言った事に、圭は驚いていた。
「じゃあ……紗良。ここにいるペイシェントたちを頼む」
圭は、紗良にそう答えた。
やはり圭は、理解速度が速い。自分が知らなかった事を追求するよりも、今、何が必要かを即座に答えを出す事が出来る。
だが……。
塔にいた時の圭とそう変わりはないように見えるが……引っ掛かるな。
紗良は、他のペイシェントたちへと動く。
「待ってくれ」
その動きを止めたのは、侯和だった。
「全ての機能を止めるという事は、来贅が持っている彼らの心臓も停止するという事か?」
確かに、その心配はある。
来贅の中に持っていかれたものが、動きを止めたとしたら、来贅は気づく事だろう。
一人や二人なら、ペイシェント自身の命の限界だったとも思う事もあるだろうが、ここに来ているペイシェントの数は多い。全ての動きを止めたら、来贅が怪しまない訳がない。気づかれれば、取り戻す事は不可能だ。
「圭……やっぱりこの方法は……」
一夜が圭に不安を伝えるが、圭は違った。
「いや……正解だ」
そう答えると、圭の目が差綺に向く。
差綺は、ずっと指先に絡めた糸を弄んでいる。
俺は、そんな差綺を見て、ふっと笑った。
まったく……本当にいつの間に……。
圭は、差綺が既に網を張っている事に気づいていた。
差綺と圭は、来贅を通じて接触済みだ。
実際に対面したのは今日が初めてだろうが、その意識の中で出会っている。
圭の理解速度の速さは、塔でもう分かっていた事だが、改めて感心する。
心配を口にした侯和に、圭は答える。
「もう差綺の手の中です。来贅は手を出せません」
差綺は、クスリと笑ってこう言った。
「誰も気づけない隙に……張っているんだからさ。いつの間にかそこにあるって、ね?」
差綺の目線は、圭に向いている。
……やはり差綺には分かるか。
「圭は侮れないね?」
差綺は、揶揄うような口調でそう言ったが、それは本当にそう思って言っている。
「想定内だ」
「あはは。やっぱりさあ、だから手放したんじゃないの? 案外、嘘つきだね?」
「嘘つきだって? はは。俺はそんなに器用じゃないよ」
「ふうん……? 器用? 逆じゃないの?」
「不器用って事か?」
「そう。だって、嘘が下手だもん」
「はは……そんなもの上手くなったって、何の得にもならないな」
誘導するような差綺の言葉を、上手く交わしているようだが……。
まあ、圭の性格はこんな感じでもあるが……足りないんだよな……。
差綺は、それでも探るような目線を変えなかった。
圭は、差綺のそんな目線に気づきながらも、平然としていた。
「お前に託して良かったよ、圭」
「侯和さん……俺はあなたが取り戻したいものに……近づく事が出来なかったんです。どうしても届かない……その中身を見る事が出来ない……あれは……」
「……閉ざしているんだ。誰も近づけないように」
「そう……ですね……あの壁は、とても厚い」
侯和と圭の会話は、塔の上階の呪術医に繋がっている事だろう。
侯和も紗良の力を使う事に不安はなくなったようだった。
俺たちは、倒れたペイシェントたちを中へと運び入れ始めた。