第3話 自由
「本当に守りたいと思うなら、隠す事も必要なんだよ、侯和」
「……お前……いつも。知らないフリして全部、分かってるんだよな」
「タイミングってあるだろ?」
そう言った俺を見ながら、侯和は苦笑するとこう言った。
「オークに寄生した宿木は、最も神聖視される。そこに宿った力も、最も高く、強い事だろう」
「だから?」
俺はまた、侯和から言わせようと答えを促す。
「宿木の枝は折られた……そしてお前たちは全ての宿木を倒すと言った。残っていたんだろ、いや……お前の事だ、残したんだろ、その種を。種がある限り、いつでも……」
「ああ。いつでも自由になれるからな」
「来贅が手にしたのは、オークに宿った宿木か。その宿木は来贅に倒され、倒したくてもその枝にもう触れる事は出来なかった。だからなんだろ……」
「ふん……伝説ってのは時に厄介でね……その地に伝わる風習が、感染するように全体に伝わって、そうしないと保つ事も、崩す事も出来ないと従うんだよ。それが基準みたいにな……」
「それは塔も同じって事だよな……」
「そうだな……来贅が基準な訳だからな……だがな……」
俺は、近場に根を下ろした宿木へと手を伸ばした。
「その地に伝わる風習ってのは、その地にいた者は上辺だけの知識なんかじゃなく、深いところまで知っているんだ。それが何故、そうなって、そうなったとしたら修繕出来る術までな」
「修繕……」
俺の言葉の一部を拾う侯和に、俺はふっと笑みを見せると侯和に言った。
「俺の覚悟は、同じだと思ってるよ。お前が大事に抱えた思いも、同じだと……な」
その言葉に侯和は、深く頷きを見せた。
皆で宿木の枝に手を触れる。
これは一種の儀式的なものだ。
宿木の枝を折る……それは、『主』交代の布告。
そして、その枝を折るのは。
一夜だ。
手折った枝を握り締める一夜は、自分だけがその枝を折れた事に驚いている。
俺は、そんな一夜の前に立ち、言った。
「……髪……伸びたな。本当にそっくりだ」
「貴桐さん……」
自分でも分かっている事だろう。
片方だけでなく、その髪は両側とも長くなっていた。
「お前は選ばれたんだよ。失わせやしない、俺たちが力になる。だから恐れるな、一夜」
その言葉に一夜はしっかりとした頷きを見せた。
その後、俺たちは診療所に戻った。戻った頃には夜が開けていた。
敷地内に入ると、何やら騒めきが耳に流れる。
俺たちは顔を見合わせたが、その声の元へと歩を進めた。
俺たちの姿に気づく声が、一斉に降り掛かる。
「「助けて……下さい……」」
そこにいたのは大勢のペイシェントだった。
塔から来たのだろう。
だが……これは……。
圭が一人、先へと進む。
近づく圭に縋るように手を伸ばし始めるペイシェントたちだったが、その手が掴んだのは一夜だった。
一夜に触れ始めるペイシェントを、差綺が網を張って抑えた。
ペイシェントたちは口々に俺たちを責める。
「助けられるものなら……助けてみろ……そこに『代わりのもの』が無かったとしても」
「他に誰が与える事が出来るんだ……患った臓器が他の臓器までも蝕んで……次々と失っていく」
「使えるものが残っているなら、分け与えれば生き残れる者もいる」
「主様に委ねれば、生は保障されるんだ……その時を……留めてくれる」
「お前たちが塔を潰すなら……私たちも全て……」
ペイシェントたちが揃えて口にする言葉に、俺は顔を顰めた。
「「殺すという事だ」」




