第1話 手段
皆が無事である事に、一夜は安心した顔を見せた。
「あの……」
圭が差綺と話をする中、申し訳なさそうにも紗良の声が入る。
その声に目線を向ける圭は、驚いていた。
「紗良……どうしてここに……?」
「ここに来れば……会えるんじゃないかと思っていたので。父が……伝えようとしていた事があったんです。圭さんに」
「間木先生が俺に?」
「それを伝える事が出来たならって……圭さんが塔に行く事もなかったんじゃないかと悔いていました。それは今もです」
「紗良……間木先生が悔やむ事なんてないよ……」
「ですが……圭さんは……知っていたんじゃないんですか?」
紗良の言葉に圭の視線が宙を仰ぐ。
その目線の動きに、俺と咲耶の目線が合った。
圭は、重い口を開くように答えた。
「知ってたよ……幻覚剤、だろ?」
診察室の薬棚にあった幻覚剤の事は、一夜も知った事だ。
圭が答えたその言葉に、一夜の表情が強張った。
「圭……」
まさかという思いが浮かんだ事だろう。
だが、圭はこう答えた。
「あれは……父さんが塔から手に入れたものだよ」
「やはり……ご存知でしたか」
紗良がそう答えた。
「関わるなって……言いたかったんだろ、間木先生は。父さんが塔に入るのを拒否したのは、それだけじゃない事は、間木先生だって知っているだろ……」
「勿論、父にしても柯上先生とは同じ思いでしたから。でも……触れてはいけないところに、向かってしまったのではないかと……」
「黙って見ている訳にはいかなかったんだ」
「……圭さん……それでも、リスクが大き過ぎます。あれは……」
「そうだよ。『材料』は身近なところにあるんだ。薬剤を独自で調合するその知識は、触れてはいけない知識の『材料』を掴む。父さんは、それを知っていた。だから俺は……」
圭の視線が侯和に向く。
『材料』は身近なところにある……確かにその通りだ。
侯和は、林の中でそれを見ていたのだから。
「圭……そうだったんだ……言ってくれればよかったのに……」
「ごめん…… 一夜。侯和さん」
侯和は、長い息をつく。
そして俺に言った言葉を口にした。
「幻覚剤……か……表現的な呼び名としては、サイケデリックスにエンセオジェン……肯定的であり、神秘的であるという。幻覚でもそれは体験であり、そんな大量の体験情報が一気に流れ込む混沌は、思考の再構築を始める」
侯和は、再度溜息をつくと、言葉を続けた。
「そこにないものを追い求めた結果だろう……もし……全ての情報が一つの知識となって構築され、形のないものが形として使う事が出来るなら、その薬剤は……」
侯和の言葉の先を圭が言った。
「その思考は統一され、同じ知識体系を作る」
不快を示す俺は、不服そうにこう答えた。
「類感呪術、感染呪術……その先にあるのは共感だ。それを具現化したものの役割として、そこに行き着いたといったとしても、俺は否定するぞ」
「貴桐さん、俺だってそれは同感ですよ」
「当たり前だ、圭。じゃあ、答えて貰おうか。人体に特化する呪術に何が使われているか……お前はそれを知ったはずだろう?」
「あれは状態を作る為の誘導に過ぎない。貴桐さん……あなた方呪術師は、そこにはないものを感じ取れる力も得られる力も、元々組み込まれている……そう考えたんですよ」
「組み込まれてる……ねえ……?」
俺は、呆れた声を漏らし、先を促す。
「それで?」
「目に見えない気の動き……それを理解出来ない者にとっての想像は、当然、その力を得る方法も段階も構築出来ないんですよ。但し……」
流石に限界って訳だな……。
「構築出来るのは『手段』それが答えです」




