第34話 内外
一夜は、来贅に目を向け、掌を差し出すように伸ばした。
一夜の掌には、拳程度の塊が乗っている。
それは一定の鼓動を見せて、動いていた。
一夜が口にする言葉に、俺はまた笑みが漏れた。
「必要なものと不要なものを切り分ければいいんだろ……お前の言った通り……不要なものは切り捨てればいい。必要なものを入れるには、邪魔だ」
「……戻したか。順応するには不安定だったな。やはり……半分は半分……もう少し時間が掛かりそうだ。どうする? それを握り潰すか? 構わん。やってみるといい」
来贅は、口元を歪ませて笑うと、言葉を続けた。
「言っただろう。代わりのものなどいくらでもある……本物は一つだと。その意味を、まだよく理解していないようだな。私にとってもそれは不要……それを取り出したのは、いい選択だ」
来贅が指を動かすと、一夜の掌に乗っている塊がどろりと崩れ落ちた。
「な……」
一夜の掌で溶け落ちた塊に、一夜は驚いた声をあげた。
「お前に何が間違っていると言える? 人一人生かす事が、人一人の死を求める事に不都合はないだろう? お前のその選択も同じ事だ」
「来贅……」
責めるようにも言われた言葉に、一夜の目が鋭くなる。
「精霊使いの継承者……どのみちそれが完全なものになれば、お前もあの塔にあるものを求める事になる……私と同じだ」
「何が同じだっ……!」
苛立ちを叫ぶ一夜は、次の瞬間に息を飲んだ。
「あ……」
来贅の姿が、『彼』とは違う綺流の姿に変わったからだ。
白く長い髪、蒼い瞳がキラリと光る。
「呪術医というものは、私の構築した知識の『分離』だ。だから私に返るのが当然……」
やはりこれが来贅の……。
だが……姿が相似しない。
その姿は、一夜を指差して言葉を残すと消えていった。
「だから……お前も私に返る運命……いや、宿命か」
綺流が消えると、一夜は圭の手を掴んで立ち上がらせた。
取り敢えずも圭が戻って来た事に、ホッとした俺は、片膝をついて休息する。
まいったな……自分で切ったはいいが、血が止まらねえ。
少し頭がクラリとする。
「診せてもらってもいいですか」
そんな俺の様子に気づいた圭が、俺に近づいた。
「腕だけじゃないですよ、貴桐さん。肩からも血が流れています」
ああ……だから止まらねえのか。
……俺が自ら差し出したものだけじゃ、足りないって事かよ。
いつの間にか、持っていきやがったな……。
圭が肩に指先を置くと、白い霧のような煙が、まるで包帯のように巻きつき、血を止めた。
「それ以上、流しても無駄なだけです」
「……圭……お前に何が分かる……俺には俺の……」
「貴桐さん……それを言うなら、俺には俺の構築した知識があります。もう……その血を流さなくても満たされたはずです。あなたがその力を血に頼るのと同じに、俺にもあるんですよ。だから……分かるんです」
圭は、地に伏せたままの咲耶たちへと目を向けて言葉を続けた。
「守る為に必要な事は……自分が存在し続ける事……だから消えたりしない。特に差綺……お前は、その理屈を知っていただろう?」
「なあんだ。そんな事まで知っちゃったの?」
「差綺……!」
差綺の声が帰ってきた事に、一夜は驚きの声をあげた。
差綺が圭の元へとやって来る。そして咲耶や侯和たちもだ。
「来贅の心臓を持っていただけの事はあるね。結果的には取り替えちゃったみたいだけど? それともそれは、圭……君の想定内?」
圭は、不機嫌な顔を見せて差綺に答えた。
「想定外だよ」




