第33話 優先
「……ごめん……圭」
何度かそう口にする一夜の手は、躊躇している。
その手に感じる骨の軋み、沈んでいく手は弾力を押し退けていく。
伝わる温度は熱を感じ、溢れる血が沈ませた手の行方を眩ませる事だろう。
その手がその体を貫く事に、自分のしている事は正しいのかと迷いさえ浮かぶ。
……その感覚は、俺も知っている。
『私を殺すなら……ケイを殺すといい。君に……それが出来るかな……?』
一夜は今、その葛藤に悩まされている事だろう。
だが……お前はもう分かっているだろう?
一夜。お前が唯一、使う事の出来た呪い。
もう間違う事なく使う事が出来るはずだ。
『大丈夫』
その言葉を信じろ、一夜。
その言葉は、一夜、お前にも、圭にも使える言霊だ。
「なんだ……折角の機会だというのに、やはりそれまでの器か。私を倒したいのではなかったのか。今のお前は、その命を自由に出来る。あと少しだけ待ってやろう。お前たちが望む『奇跡』……起きるかな……?」
……来贅。
一夜と圭の様子を眺める来贅は、そう言って笑った。
来贅は、血管のように張り巡らせた網から逃れられていない。それでも平然としているのは、その心臓に触れられていないという事か。
「望んでいるのは『奇跡』じゃねえよ」
俺は、腕を押さえながら来贅を睨む。
来贅の目がちらりと俺を見ると、クスリと楽しげに笑みを漏らした。
「……言っただろ。返して貰う、と」
俺は、来贅を睨みながらそう言った。
「ふふ……それが『骨』でも……か?」
嘲笑しながら言葉を返してくる来贅。俺は鼻で笑う。
「ふん……だとしたら、お前には不要なものだろ?」
「貴桐……やはりお前は面白い。塔から出たのは、本当に残念だ。あのまま塔にいれば、お前が見たかったものが見れたかもしれないのにな? 私はお前に期待していると言っただろう。それを手にせず、わざわざ困難を掴むとは、本当に残念だよ」
「はは。俺にとっては『不要』なものだ。お前が俺に教えたんだろう? 必要なものと不要なものを切り分ければ済む事だと。そして……」
俺は、一夜と圭の様子にちらりと目を向けた。
不安を見せていた一夜の表情が変わっている事に、俺は安心を得る。
もう……迷いは消えたようだな。
一夜は手を動かすと、圭を縛りつけている網を自分にも巻きつけた。
「道を作ってあげる。圭……これで一つになるだろう?」
半分……。
圭がその半分を持っていると気づいたからこその行動だ。
一夜の張った網が、鮮やかに光り輝く。
圭の胸元に印を描くように、一夜は指を動かした。その印は、一夜が得た印だ。
そして再度、印を胸元に押し込むように力を加える。
手に伝わる骨の軋み、弾力を押し退ける感覚は同じだろう。だが、一夜の手にはもう躊躇はない。
俺は、その様子を見て、来贅に視線を戻した。
来贅は、静かに笑みを湛えたまま、俺をじっと見ていた。
どこまでも、余裕な表情は見せ続けるか。
目を向けるまでもなく、耳に流れるその声に、俺は来贅にニヤリと笑みを見せた。
「圭……」
「……泣くなよ……馬鹿だな、一夜。俺は……『大丈夫』だから」
「……うん」
……取り戻したな、一夜。
俺は、ニヤリと笑みを見せたまま、来贅に言った。
「『本当に守りたいものは、優先すべきだ』ってな」




