scene 4 俺様な先輩に振り回される
校舎に着くと、おんぶから降ろしてもらった。
「あの、ここで結構ですから。ありがとうございました」
僕は藤堂先輩に頭を下げた。
彼は帰る様子もなく玄関フロアに突っ立っている。
「おまえの下駄箱どこ?」
「あの? ここからは自分で」
「いや、やるからには最後まできっちりとやらないとな」
「はあ……」
自分の下駄箱の場所はさすがに覚えている。
そのはずだったが、そこには自分の名前はなかった。
ああ、学年が変わっているからか……。どうしよう。
「おまえ、名前は?」
「え。あ、はい。小森です」
「下の名前は?」
「翔太です」
「うん、いい名前だな」
なんだか気恥ずかしくなった。
ありがとうございます、とか言えればよかったのかもしれない。
でも僕は不器用な沈黙しかできなかった。
「ショータ、靴のサイズは?」
「はい? 27センチです」
いきなり下の名前で呼ばれたが、悪い気はしなかった。
そういえば中学時代、女子と仲のいい連中は、下の名前で呼んでいたっけ。
藤堂先輩はどんどん歩いて次々と下駄箱を開け始めた。
鍵のかかっている下駄箱は当然開かないが、それ以外は平然と開けていく。
「ショータも探せ。27センチの上履きだろ。どこかにあるよ」
「先輩、あのマズくないですか? ひ、ひとのものですよね」
「気にするな。あとで謝ればいいさ」
いやいや。それは藤堂先輩が謝れば、たいていは許してもらえるかもしれない。
しかし僕は違う。ただの変質者だ。学校で股間を膨らませるクズだ。
「ん? まあ俺も一緒に謝ってやるから、大丈夫だよ」
謝ってやるって……主犯はあなたでは?……と喉元まできたが黙っていた。
「おっと、ここにショータの下駄箱があったぞ」
藤堂先輩の背後からのぞき込むと、確かに「小森翔太」の名前があった。
やった! これで窃盗をせずにすむぞ!
「よかったな、窃盗犯にならなくて」
いや、だから主犯および教唆はあなたですよね?と思ったが、またまた沈黙を守ることにする。
僕の下駄箱には鍵がかかっていた。
そうか、それもそうか、教師が無防備に不登校の生徒の下駄箱を開けっぱなしにすることはないか。
僕がむなしく下駄箱の扉をガチャガチャやっていると、藤堂先輩はすでに下駄箱の列を歩いて、開けられるものはばんばん開けていった。
「おい、ショータ、これなんてどうだ?」
27センチの上履き。下駄箱は三年生の列にあった。上履きにはオニズカと書かれている。オニズカ先輩、お借りします!
「こいつ俺の友達。いい奴だよ。俺から言っておいてやる」
「ありがとうございます!」
僕は頭を下げた。藤堂先輩、ちょっと俺様な感じもしたけど、やっぱりいいひとだ。
「パジャマ姿でうろつくのもなんだな……。ショータ、身長はいくつだ?」
「180センチですけど……」
「うん。よしよし、鬼塚とだいたい同じだな」
藤堂先輩は言うやいなやさっさと自分の下駄箱の方に消えた。