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scene 29 ダークエルフは敵か味方か

 僕は眠気と疲労で今すぐにでも校庭にぶっ倒れそうだったけど、蒼麻貴子先生たちに伝えることがあると言って呼び止めた。

 カディアさんたちがいたら伝えるのが(はばか)られることだ。


「先生、実はカディアさんたちに秘密にしていたことがあります」

 その場の全員が僕を注視した。みんな多かれ少なかれ疲労が顔に出ている。でももう少し付き合ってもらわなければならない。

「場所を変えましょう。理事長室に戻ります」

 蒼麻貴子先生はそう言ってから、養護教諭の深田奈津子先生に声をかけた。

「深田先生は、会議室の生徒たちの治療とカウンセリングをお願いします。そのあとは体育館で休ませてあげてください」

 体育館には生き延びた生徒たちが寝起きしているのだろう。災害時のマニュアル通りだ。


 僕は理事長室のソファーに座ることを許された。

 深々と腰を降ろすと、そのまま眠ってしまいそうになる。

 両隣に座ってる藤堂先輩とタカ先輩がふらふらっとしてしまった僕を支えてくれた。


「聞かせてください」

 蒼麻貴子先生の声は冷静そのもので、あまりにも普段通りなので、僕は白日夢のなかにいるような錯覚を覚えた。


「カディアさんたちとは別の勢力がいます」

 理事長室に戸惑いの空気が流れた。蒼麻貴子先生に視線が集まる。

「それは……想定しておくべきでした。わたくしが迂闊でした」

「彼らはダークエルフを名乗っていました。それ以上の詳しいことは分かりません」


 それから、体育館で起きたことを話した。

 正直、体育館での出来事はどこからが現実でどこからが白日夢なのか分からなかったが、記憶に残ったことはすべて喋ったつもりだ。

 あ。でもヴェルラキスさんに求婚したことまでは話さなかったけど。


「ダークエルフ……。異世界ファンタジーの知識で何か分かりますか?」

「ダークエルフは主に悪役です。エルフとは仲が悪いという設定が多いです」


「エルフ……」

「カディアさんたちは、おそらくですが、エルフです」

「では戦争が起こることもありえますか」

「はい」

「巻き込まれる可能性を考えれば、どちらかの勢力に加担することは危険だということですか?」

「それは分かりません」


「ダークエルフは悪役だと今聞いたばかりです。それではカディアさんたちに加担した方がよいのではないですか」

「ダークエルフの一人は僕の腕と脚を治療してくれました」

「しかしもう一人のダークエルフは生徒を五人も殺害しています」

「はい。僕個人は、そいつ……ザラスティンというのですが、許せません」

「彼個人の行動であると考えられるということですか」

「その可能性は捨てきれないです。僕を治療してくれたヴェルラキスさんは僕を《無限の者》かもしれない、もしかしたら力を借りることになるかもしれない、と言っていました」


「《無限の者》は“暗闇の公子”にもなれると言います。ダークエルフがその力を借りるということに整合性がありませんか」

「そうですね。それは考えませんでした」

 僕の声は小さくなったかもしれない。


「彼女たちは虐殺を傍観していた事実があります」

 権田先生が憤りを隠せない声で指摘した。

「信用できませんか」

「私は信用できません」


「皆さんの忌憚(きたん)のない意見を聞きます」

 蒼麻貴子先生がそれぞれの顔を見回した。


「私にはカディアさんたちが悪い人には見えませんでした。ダークエルフの一人は確実に殺人犯なのですから、カディアさんたちと組むことをお勧めします」

 校長先生の福々しい丸顔は珍しく深刻な様子だった。


「情報が不足しています。意見するのは難しいですね」

 教頭先生はメガネのブリッジをあげて少しうつむいた。


「彼女たちが悪人に見えないというのは校長先生と同意見です。ただの偵察部隊のようなものですから、直接戦闘に参加しなかったのもうなずけます」

 藤堂先輩はハッキリしていた。


「俺は特に意見はありません。戦えと言われれば、どちらの勢力であっても戦います」

 タカ先輩は背筋をピンと伸ばしてまま、蒼麻貴子先生の目を見つめ返した。


「僕はダークエルフの言い分を聞いてからでも遅くはないと思うのですが……」

 僕の声が一番小さかったろう。


「ありがとう。分かりました。わたくしはカディアさんたちと同盟を結ぶことにします。彼女たちの目的のひとつが明快なだけに、利害調整も駆け引きも可能だと考えるからです。裏切られる可能性もありますが、この世界で生き延びるためのリスクだと思ってください」


「はい」

 と答えたことは覚えている。

 だけど、その後、僕の視界はブラックアウトした……


 ……いい匂いがした。

「さあ、立って。保健室に行きましょう?」

 僕はソファーでうたた寝をしてしたらしい。

 深田奈津子先生に起こされた。


「すみません!」

 と立ち上がる。大恥かいた。

 見回すと、理事長室には誰もいなかった。


「あの……みなさんは?」

「生徒たちは体育館、先生方はそれぞれね」

「僕、どれくらい寝てました?」

「ほんの三十分ほどね。とにかく保健室でちゃんと寝なさい」


 僕は深田先生に率いられて保健室に向かった。

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