scene 17 ゴブリンとの死闘
ゴブリンの一匹が僕に気づいたようだ。
黄色い牙を剥き出しにして、威嚇するような、嘲笑するような顔で、槍を頭上でくるくる回し、倒れている生徒の上で飛び跳ねた。
怖くないといえば嘘になる。怖い。ヤバい。怖い。
自分でもびっくりするくらい身体が震えた。ガクガクとかブルブルとか、そんな感じではない。あえて表現すれば、ガクン！ガクン！ガクン！という感じだった。
武者震いとはこんな感じなのだろうか。
ゴブリンの槍は、重かった。
よくこんなモノを軽々と扱えるな、とあらためてゴブリンの怪力ぶりに怖気立つ思いだ。
槍のバランスの良し悪しはわからないけど、穂先のほうに重心が寄りすぎて、僕には扱いにくいにもほどがあった。
結局、槍の石突近くを左手で持ち、柄の真ん中あたりを右手で持つことにする。
それは、槍の間合いを縮めることを意味した。正直、かなりリスキーな選択である。
間合いは、格闘のすべてと言っていい。パワー、スピードより、まずは間合いだ。「剣道三倍段」というのは、たぶんそういうことだと思う。
身体が大きい方が有利というのも同じことだ。リーチの差がある。
ゴブリンは僕よりだいぶ低い。
槍の間合いの不利は、それで帳消しに……って、ええええ？
よくよく見ると、ゴブリンの腕は長かった。たぶん、脛の辺りまである。
ゴブリンの低身長も、槍＋この腕で、平均身長の人間相手ならなんら不利にならなかった。
というか、怪力のぶんだけ有利のような……
（春日くん……よくこんなのに相手に勝てたな……）
だけど、春日くんのおかげで、ゴブリンとの戦いかたのヒントを得た。
春日くんがそうしていたように、ゴブリンの懐に入って、接近戦を挑むのだ。
でもそれにはすごい度胸がいる。
（それでも、やらないとダメだ。春日くんと約束したんだ。一人でも多くの生徒を救い、一匹でも多くのゴブリンを殺す！）
ゴブリンが僕に槍を繰り出してきた。
僕は慌ててブレーキをかける。
危うくゴブリンの槍の穂先に自分から飛び込むところだった。間合いは考えていた以上に遠い。
穂先が次々と素早く突き出される。僕はぎりぎりの距離でかわし続けた。
苛立ってどんどん前進してくるものだから、僕もどんどん後ずさる。転ばないように気をつける余裕などない。転んだら僕はそこで終わりだ。
僕はついに仰向けに転倒してしまった。倒れている生徒に引っかかってしまったのだ。
ゴブリンは狂喜して僕を串刺しにしようと槍をひいた。
本来なら、槍をひいた瞬間がチャンスだったはずなのだ。その瞬間に間合いをつめるつもりでいた。ひっくり返っていてはそれは無理な話だ。
死を前にして、奇妙な感覚を得た。
何もかもが鮮明になる。
血臭、埃の匂い、悲鳴、哄笑、青空、ゴブリン。
嗜虐に歪んだ顔がまざまざと見えた。
槍の穂先がキラリと光る。
僕は反射的にそれをよけた。
右頬に痛みが走る。
左側に転がったのだ。
ゴブリンは再び僕を串刺しにしようと槍を大きく振りかぶっていた。
僕は自分の槍を無くしていたが、それが返ってよかったのかもしれない。
身軽になった僕は、ゴブリンの懐に這い寄るように走った。
胴体にしがみつくと、そのまま押し倒す。
馬乗りになったまま、ゴブリンの顔を殴りまくった。
たちまち血だらけになったが、瞋恚に燃える眼から悪意のぎらつきが消えない。まだだ。まだ殴り足りていない。戦意を喪失するまで殴りまくるだけだ。
殴打のひとつが異常に尖った顎の先端をとらえた。
槍が地面に転がる。
僕は槍に手を伸ばした。
ゴブリンが脳震盪から復活して、落とした自分の槍を手探りする。
槍は僕が取った。
ほぼ同時に立ち上がり睨み合う。
ゴブリンが僕の手のなかにある槍に向かって吠えた。
誓うような響きだ。
（槍がよほど大事なのだろうか？）
僕は槍を素早く突き出す。
穂先が緑色の膨れた腹に深く突き刺さった。
ゴブリンが槍の柄を掴んだ。怪力で引き抜こうとする。
僕は力を入れて穂先を上に持ち上げていった。
槍はじりじりと引き抜かれつつあったが、さらに力をこめて、穂先を天に向けていく。
ゴブリンのガニ股の足が地面から離れた。
槍を引き抜く力が慌てたように強まる。
引き抜く力より、突き刺さっていく力の方が上まわった。
穂先が天に向かえば向かうほど、槍は深く刺さっていく。
ゴブリンが断末魔の吠え声を上げた。
すうっと淡い光を放って、ゴブリンの存在が消失する。
急に重みがなくなったので、僕は尻もちをついてしまった。
僕の顔面は滴り落ちたゴブリンの血で染まっていることだろう。
ジャージの袖で顔を拭うとたっぷりと血が着いた。
当分の間、ゴブリンの顔のアップが出てくる悪夢を見そうだ。
この現実という悪夢を生き延びることができればの話だけど……
