二話
「え、なにあれコスプレ? ちょーやばいんですけど」
「血まみれだし、ゾンビ騎士とか? クロリティやっば」
「というか、あいつ突然現れたよな? 瞬間移動みたいに」
「マジックか何かだろきっと」
丁嵐の周りを人々が囲んで好奇の目を向けてくる。
中にはスマホ片手に録画している奴もいた。
好き勝手言ってくれる。
だが、そんなことはどうでもいい。
すぐに異世界に戻らなければ。
魔法を失ったリーナが心配だ。
戦う手段を持っていない人間があの世界で生きていけると思えない。
それに、勝手に解任したことを一言文句言わなければ気が済まない。
約束したはずだ。どこまでもついていくって……。
どん、と気づけば倒れていた。
そう言えば、治癒魔導士が匙を投げた重症だった。
体から漏れた血がアスファルトを濡らしていくのを感じる。
「きゃー!」
「おい、誰か救急車!」
「大丈夫ですか! しっかりしてください!」
大丈夫じゃない、だから揺らさないでくれ。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
これは……ダメかもしれない。
腹のど真ん中に穴が開いていて、おそらく、骨も何本も折れている。
リーナは故郷の医療技術なら助かるかもしれないと言っていたが、流石に無理があるだろう。
姫様、すみません。あなたの最後の願い、叶えられそうにないです。
薄れゆく意識の中で、丁嵐に駆け寄ってきた人の内の一人が剣を手にしているのが見えた。
「うお!? これって本物の剣じゃないか!」
剣、鉛色のそれは、丁嵐の相棒であり、人々を導くためリーナから授けられた象徴。
お前も来ていたんだな……。
それを最後に丁嵐の意識が途絶えた。
◆
始めに夢だと気づいた。
現在いる場所が丁嵐が去った後の異世界だったからだ。
今、丁嵐は街の広場にいる。そこからは、完全に陥落した街が見える。
視界を遮る建物はなく、非常に見晴らしがいい。
そして、人々の避難は失敗したらしい。
広場に一面死体が広がっている。血の海に浮かぶ小島のようだ。それを魔物が食い散らかしていた。
リーナはどうなったのだろうか、そう考えて、噴水の先端に突き刺さっているのが彼女だと分かった。
顔の皮が剥がされていて気付かなかった。
その腹に人間が突き刺さっている。服装からしてあの執事だろう。
死体でお人形遊びか、胸糞悪い趣味だ。
なぜ、ここまで冷静でいられるのだろう。
夢だからだろうか。
いや、怒りを通り越しているのだ。
リーナは死んで、無残な死体を晒している。心のどこかでそう思っている自分に反吐が出る。
リーナは確かに力を失った。あの世界で戦う力を持たない人間が生きていくのは
難しいかもしれない。だが、彼女の周りには信頼できる仲間たちがいる。
彼らが彼女を守ってくれるはずだ。それに、彼女が持つ力は魔力だけじゃない。そう簡単に死ぬとは思 えない。
その時、魔物に貪られていたはずの死体達が手を伸ばしてきた。
足首をがっちりと掴まれる。
見てみれば、リーナとその腹に詰め込まれた執事も同様だった。
丁嵐をそちら側に引き込もうとしているのかもしれない。
丁嵐は足首を掴んでいる手を振り払うと、リーナ達の方へと足を進めた。
そして、伸ばされる手を勢いよく掴んだ。
「必ず助けに行きます。だから、偽物は消えろ!」
丁嵐が叫び声をあげると、周囲の光景が勢いよく崩れ落ちていく。
広場に光がさした。夢の終わりは近い。
リーナに視線を戻すと、何事もない彼女が微笑んでいるのが見えた。
それは一瞬で、丁嵐の願望が見せたものだったが、丁嵐にぽっかり空いていた穴を埋めるには十分だ。
光が視界を満たす。
ゆっくりと意識が浮上していくのを感じた。
そして、目が覚めた時、はじめに見えたのは天上だった。
ここは、病院……? 助かったのか?
「お! お目覚めかい?」
「だれだ?」
声がした方向に視線を向けると、中年の男がいた。
その男が丁嵐の手を握っている。
「……」
「いやー、美少女じゃなくてすまない。君が急に手を握ってきたからどうすればいいのか分からなくてね。とりあえず握り返してみたんだけど……そろそろいいかな?」
「あ、はい」
知らないうちに男の手を握っていたらしい。
丁嵐は急いで手を放す。
すると、男は一息ついて立ち上がり、隣に置いてあったパイプ椅子に腰を下ろした。
「とりあえず、目が覚めてなによりだよ。重症だったからね、生きているのが不思議なくらいだ。あっ、おじさん、こういうものでね」
「警察?」
男が見せてきた手帳は、警察手帳だった。
男の顔写真と身分が掛かれている。
渡辺修也、警部だ。
なんで警察が? いや、鎧を着て、剣を持った男が血まみれで倒れているんだ。警察も来るか。
その考えは正しかったらしく、渡辺は穏やかながらも油断ならない視線を向けてくる。
「君にはいろいろと聞きたいことがある。もちろん、怪我を治してからだけどね。安心して、おじさんたちがしっかり守ってあげるから」
見てみれば、病室の入り口に警官らしき人が二人いる。
それだけじゃない。左右の病室にもだ。
これは、守るというよりも逃がさないと言った方が正しいかもしれない。
――悪いが付き合っている余裕はない。お暇させてもらおう。
ガチャンッ
腕が動かせない。拘束具で押さえつけられていることに気づいた。
「おっと、動いちゃだめだよ。君は大けがを負ったんだ。動いて傷が開いたらどうするのさ」
「……動かないですよ、だからこれ外してもらえますか? 渡辺さん」
「それは出来ない相談だなぁ。おじさんも心苦しいんだけど、君のためだからね。恨まないでくれると助かる」
渡辺は申し訳なさそうにポリポリと頬を掻く。
見え見えの建前だ。
おおかた危険人物を野放しには出来ないのだろう。
日本の警察の優秀さをここで見せつけられても困る。
「僕からも一つ質問していいかい?」
「なんですか」
「君は何者かな?」
「……どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だよ。君は普通じゃない。普通の人なら即死するほどの大怪我から回復する生命力。お医者さんが言っていたよ、とても人間とは思えないってね」
丁嵐は言葉が出ない。
丁嵐の体は超人という表現が生温い域にあるのだ。
軽い傷なら一秒と掛からずに治る。
まあ、今回はダメかと思ったが。
しかし、言いたいことはそれだけじゃないらしい。
「それに、君が着ていた鎧と剣。本物だよね? しかも、使い込んている形跡がある。最近つけられた傷もあった。君は傭兵かな? でも、世界のどこにもチャンバラをしている戦場はない。中世からタイムスリップでもしてきたのかな?突然現れたって聞いたし、そうなのかもしれないね。でも、そんなことはどうでもいいんだよ」
渡辺は手を組むと、そこに顎を乗せて鋭い視線を向けてくる。
「僕はね、職業柄なんとなく分かるんだ、その人の危険度みたいなのが。でだ。君からは感じたこともない脅威を感じる。捕まえたことのある凶悪犯、ヤクザの組長、森で出会った熊よりもね。正直、こうして座っていられるのが不思議なくらいだ。――もう一度聞くよ、君は一体何者なんだい?」
驚いた。
丁嵐の力を感じることが出来るとは。
渡辺は、人間が本来持っている機能、危険を感じる能力が発達しているのだろう。
彼からすれば、丁嵐は化け物だ。ただの化け物ではなく、天を突くほどの巨体を持つ化け物。
それを前に座って、何事もなく会話しているとは、驚くべき胆力だ。
だが、答えられない。
答えたとして、信じられない。
丁嵐が経験してきたことは、荒唐無稽なことだ。
誰が理解するのだろうか。
だから、目を背けることしか出来ない。
すると、渡辺は小さく笑って見せた。
「答えられない、か……。仕方ない。詳しい事は怪我が治ってから署で聞くとしようかな」
「さて」と渡辺は立ち上がると、テーブルに置いてあったリモコンを手に取った。
そして、今度は本当に申し訳なさそうに頬を掻く。
「君には言っておかなければならないことがあるんだけど……まあ、気を落とさないようにね」
渡辺はそう言って、リモコンのボタンを押した。
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