第九話 すべての弱き者に代わって剣を取り
思った通り、ここに住んでいるのは三年前の魔獣大襲来から続く戦火を逃れるため、故郷を捨ててきた人々だった。
魔獣が魔物の襲撃からどうにか逃れて、この街へ辿り着いた彼らだったが、田舎は余所者に冷たい。状況が状況だったため、城壁の中に住むことは許されたものの、戦争が終わった後も、彼らはこの街でまともな職に就くこともできなかった。
もっと大きな街。たとえば王都や、その周辺の大都市まで行くことができれば、ここよりはマシだっただろう。だが、そこまでの道中は危険極まりない。
魔獣や魔軍の残党の脅威はいまだに大きいのだ。
子供や老人を多く抱えたまま、王都まで旅をするなど不可能だった。
結局は交易所などで紹介される日雇いの雑仕事などをこなして、糊口を凌ぐしかなかった。
そこに光明が差したのは、約三ヶ月前。
北の山から鉄が採れることが分かり、領主が王の勅命を受けて鉱夫を募り始めると、男たちはこぞって働きに出ていった。
鉱山での仕事は危険で過酷なものだが、領主と王の肝いりとあって賃金はそれに見合うだけのものだった。
金さえあれば、街の者たちもそれなりの付き合いをしてくれるだろう。
必要なものが手に入れば、旅などしなくても、この近くに自分たちの集落を興すことだってできる。
そんな希望を抱いて山へ働きに出る男たちを、誰もが喜んで見送った。
だが、男たちがいなくなってからしばらくして。
鉄鉱山の発見によって景気の良くなったこの街に集まってくる人々に混じって、ろくでもない連中がやってきた。
そいつらは、男たちがいないことを知ると、この貧民街を暴力で支配し始めたという。
鉱山は女を雇わない。
だというのに、若い女性まで少ないのは、それが理由か。
嫌な気分を吐き出すように息を吐きだす。
「それで、あのラキアって子は?」
そう訊いた俺に、老女は答え辛そうに口を開いた。
「……ご存じかどうか。あの子は、あの見た目通り、特別な力がある。そこを連中に買われたんじゃろう」
いつの頃からか。ラキアは昨日のように、何処かで金を稼いでは貧民街の人々に食べ物や薬を買ってくるようになったという。
時を同じくして、毎日のようにやってきては暴力を振るってゆくごろつきたちも姿を見せなくなった。
老女ははっきりとは言わなかったが。状況から見て、彼女はごろつきどもの言うことを聞くように強要されているのだろう。恐らく、ここにいる子供や老人を人質にして。
「あの子が良くないことをしとるのは、薄々分かっておった。けんども、なあ……」
老女は、何かを悔いるように深く、大きく息を吐きだした。
言いたいことはなんとなく分かる。他に生き延びる術が無かったのだろう。
ラキアというあの少女また。
「なるほどね」
概ね、事情は分かった。
誰もが、誰かを守るために戦っている。
それは何も、戦場のみで通じる論理ではないというわけだ。
「あの……」
立ち上がった俺に、老女の孫だという男の子が口を開いた。
その視線は、俺の顔と腰に吊っている剣の間を揺れ動いている。
「あの、」
何かを言いかけた男の子を遮るように、俺は彼の前で片膝を突いた。
「先ほどの、君の勇気ある行いに心からの敬意を表す。君は誇り高い男だ。そして、その誇りは我が一族と同じもの。なので、俺は君に助力しようと思う。この剣にかけて」
「……誇り?」
少し難しい言葉だったか。男の子が不思議そうに首を傾げる。
「そう。全ての弱き者に代わって剣を取り、大陸安寧のため諸国万民の盾となる。それが我ら一族の誇り。たとえ、それで自らが剣に滅びることとなっても。たとえ、それが既に失われたものであったとしても」
詩を諳んじるように言って、立ち上がる。
ま。行きがけの駄賃みたいなものだ。
それに、ここまで知ってしまっては見て見ぬ振りもできない。
どの道、あの短剣を取りもどす必要もあるし。
とは言っても、ごろつきどもの根城がどこなのか分からない。
貧民街の人々も彼らがどこに潜んでいるのかは知らなかった。
ただ、街の中ではないことだけは確かなようだ。となれば、街の近くに隠れ家があるのだろうが。
いや。待てよ。
昨日の、ラキアとのやり取りを思い出す。
短剣を盗まれた俺に、彼女は確か「鋼の剣なんて吊っているくせに、脇が甘いのが悪い」と言っていた。
あの時は聞き流したが。俺は彼女の前で剣を抜いたことはなかったはず。
そもそも、この街に来てから剣を抜いていない。
そう頭を悩ませていると。
いや。思い出した。俺は剣を抜いた。一度だけ。