第六話 ラキア
短かったのでもう一話いってみます。
「あ、ラキアちゃん!」
「ラキアねーちゃんだ!」
南門へ向かう通り。何時からか、この街の人たちが余所者通りと呼び始めた道を、籠を抱えて歩いている私を見つけた子供たちが次々と駆け寄ってくる。
「おねーちゃん、おなかすいたー!」
とても服とは呼べない、粗末な布を身体に巻いているだけの子供たちが口々にそういって、私に手を差し出す。
「はいはい、おまたせ。ほら、今日の分よ」
邪気の無いその素直さに思わず苦笑しながら、私は籠の中からパンを取り出して、小さな手の上に乗せてあげた。
途端、子供たちの顔が笑顔に弾ける。
「ありがとう!! ……ん、っふ、えほっ」
「よしよし。ちゃんとお礼が言えて偉いわね、ミゼル。でも、もうちょっと落ち着いて食べなさい」
お礼を言うなりパンにかぶりついて咽てしまった男の子の背中を撫でていると、近くの天幕もどきからミゼルのおばあちゃんが顔を出した。
「いつも、悪いね、ラキア……本当に」
「いいのよ、気にしないで。そんなことより、はい。お婆ちゃんにも」
申し訳なさそうにそう言ってくる彼女にも、私はパンを差し出した。
ミゼルのおばあちゃんは遠慮するように引っ込めようとしたが、そうはさせない。その手を掴んで、無理やりパンを押し付ける。
「落としたら、勿体ないからね」
この言い方はずるいだろうか。そう言いながら、おばあちゃんに押し付けたパンから手を離す。申し訳なさそうな顔をしつつも、どうにか受け取ってくれたので良しとしよう。
同じように、道端に立っている天幕もどきや掘っ立て小屋から顔を覗かせている人たちにもパンを配ってゆく。
今日の稼ぎは中々になったのだけれど、それでも買ってきたパンはあっという間になくなってしまった。
魔獣の群れに襲われ、故郷の村を追われてから二年。
私と同じように、どうにか逃げ延びてきた人たちが身を寄せ合って暮らすこの場所では、誰もが家族のようなものだ。
口々にパンのお礼を言ってくる人たちへ手を振って応えながら、私は決して好んでは居ないけれど、すっかり住み慣れてしまった家へと戻った。
家といっても、拾ってきた木の枝を適当に組み合わせたものの上に、ぼろぼろの布を何枚も縫い合わせて張っただけの天幕のような代物だけど。
扉の代わりにと立てかけてある板をずらして、中へ。
昨日はあれから、ほとんど一睡もしていないので流石に疲れた。
そんなことを考えながら、深く息を吐いた時だった。
「はい。お帰り」
父と母を失ってからの二年間。誰にも言われたことのない。
絶対にありえないはずのその言葉が、私を出迎えた。
ぼろきれに遮られた陽光が照らす、薄暗い天幕の中にいたのは薄汚れたフードを頭からすっぽりと被った、背の高い男。
「っ!!」
咄嗟に出たのは、声ではなく拳だった。
「おわ!?」
この狭い家の中で窮屈そうに身を屈めていた男が、驚いたようにその拳を躱す。
だが、そのおかげで男の体勢が大きく崩れた。
その脇腹めがけて、蹴りを入れる。
しかし、それも驚くような身のこなしであっさりと躱されてしまった。
「落ち着け。落ち着けって、な?」
天幕の端まで後ずさったところで、男が降参するように両手の平を見せながら、そんなことを言う。
「誰よ、アンタ!」
怒鳴りつけると、男はフードを脱いだ。
現れたのは、短く刈り込まれた、くすんだ銀色の髪。日焼けの跡が残る精悍な面立ちと、鋭く光る灰色の双眸。
あ、という声が私の喉から漏れた。
「アンタ、昨日の……」
「よ」
指を突きつける私に、その男はまるで道端でばったり出くわした知り合いに挨拶でもするかのような気楽さで片手を上げた。