ハイ・オーク 4
家の扉が突然、内側から蹴破られた。薄暗い家の中から現れたのは、灰色と黒色が斑に入り混じった肌を持つ化け物。黄ばんだ歯を剥きだしにして、猛獣すら怖気づくだろう唸り声を上げながら、オークが現れた。
だが、やはり陽射しの下では目が利かないようだ。陽光を遮るために片腕を顔の上まで持ち上げたオークは、きょろきょろと辺りを見回している。
その足元では、ゴブリン共がぎゃあぎゃあと騒いでいた。一匹が俺に向けて長い腕を伸ばしている。オークとゴブリンの間で会話が成り立つのかどうか知らないが、どうやら俺の居場所を教えようとしているらしい。
当然、そんな間抜けどもに付き合ってやる暇などない。
踏み込んだ俺は、まずオークの首を刎ねた。ごろりと転がった醜い顔を、ゴブリン共は茫然と見つめている。が、何を驚くことがあるのだろうか。陽射しの下では、貴様らの主人とてこの程度なのだ。
そのまま二匹のゴブリンを切り殺し、逃げようとした一匹の頭を蹴り飛ばす。頭蓋骨が砕けて、黒い血と脳漿が飛び散った。
化け物どもの血を踏まないように、奴らが出てきた家の中を覗き込んだ。陽射しを遮るため、窓に木板が打ち付けられているから中は薄暗い。
家の中に他のオークはいなかったが、ゴブリンが五匹残っていた。部屋の隅で、怯えたように震えながら身を寄せ合っている。
もちろん、容赦はしなかった。
外へ出ると、騒ぎに気付いたのか。村中の家から一斉にゴブリンが飛び出してきた。三十匹はいるだろうか。
「きゃあっ」
数を確認していると、ラキアの声が聞こえた。弾かれたように彼女のほうへ目を向けると、数匹のゴブリンに取り囲まれている。
しまった。まずは彼女の安全を確認すべきだった。
そんなことも思い至らなかった自分に舌打ちを漏らしながら、彼女の下へ急ぐ。
ラキアを取り囲むゴブリンどもは黄色い眼球を嬉しそうに輝かせ、口から涎を垂れ流している。まったく、盛りのついた猿じゃあるまいし。いや、それは猿に対して失礼か。
などと考えている目の前で、一匹のゴブリンがラキアに飛び掛かった。
不味い。
走りながら腰からダガーを抜いて、振りかぶるが間に合わない。
あと一秒あれば。そう思った時だった。
「こ、のっ!!」
気合いの入った怒鳴り声とともに、ラキアが飛び掛かってきたゴブリンを蹴り飛ばした。流石に蹴り殺すほどの威力は無いが、それでもゴブリンの身体が数フィート吹き飛ぶ。周りにいたゴブリンどもがそれを見て、一瞬怯んだ。
その隙に、彼女の前に辿り着いた。
目の前にいる若い女のことで頭が一杯で、俺には気付きもしていなかったのだろうか。剣を持った男の登場に、ゴブリンどもは悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らしたように逃げてゆく。
「お見事」
先ほどゴブリンを蹴り飛ばした彼女をそう褒める。
「い、いや、つい、必死で」
「化け物相手に、つい、で身体が動くなら大したもんだ」
言いつつ、遠巻きにこちらを窺っているゴブリンどもに対して剣を構えなおす。
さて。ここからどうするか。そう考えていると、村の中で喚きたてているゴブリンどもに急かされるように、家々からオークが出てきた。数は全部で六匹。あまり壊れていない家を選んで、一匹につき一軒の家を使っていたようだ。化け物の分際で、なんて贅沢な。
しかし、明るい外に出てきてしまえばオークの目は役に立たない。
皆殺しにするのは簡単だ。
むしろ問題はゴブリンだった。
俺がラキアから離れれば、奴らはすぐ彼女に殺到するだろう。
「着いてこい。俺の後ろにいろ」
言って、村の中へと歩きだす。ラキアはぴったりと俺の後をついてきた。
それを見たゴブリンどもは逃げるかどうか迷っている様子だった。俺のことは怖いが、若い女という獲物を見過ごすのは惜しい。そんなことを考えているのだろう。
何匹かはしきりにオークへ俺たちの位置を教えているようだが、やはり種族間の意思疎通がうまくできないのか。オークはきょろきょろと辺りを見回して不機嫌そうに唸りながら、足元のゴブリンを蹴り飛ばしている。
連中がそうしている間に距離を詰めて、一匹、二匹と手早く屠ってゆく。俺が近づくだけでゴブリンは逃げ出し。後に残されたのは目の見えないオークだけ。そんな化け物の首を刎ねるのは、なんとも簡単な仕事だ。
精霊鋼の刃が閃くたびに、己が信奉する暴力の化身たちが次々と殺されてゆくのを見て、恐れ慄いたのか。四匹目のオークの首が落ちた時、遂にゴブリンどもは逃げ始めた。
喚き散らしながら、一目散に森の中へ駆け込んでゆく。
見逃すのは口惜しいが、今は放っておくしかない。それに厄介なゴブリンがいなくなれば、あとは残ったオークを皆殺しにするだけだ。オークがいなければ、街の衛兵隊に任せても大丈夫だろうし。
そう考えつつ、残っている二匹のオークへ近づく。
と、そこへ突然、風切り音が響いた。
「っ!?」
飛んできた矢を反射的に剣で叩き落す。矢の飛んできた方向へ目を向ければ、村で一番大きな建物の前に、他よりも一回りほど身体の大きいオークが弓を手に立っていた。
間違いない。ハイ・オークだ。騎士を殺して奪ったのだろうか。雑魚がつけている黒鉄の胴鎧ではなく、鈍い銀色の鎧を着け、腰には鋼の剣を抜身のまま吊っている。
しばし睨み合っていると、ハイ・オークが背負った矢筒から矢を引き抜いた。
オークが使う矢は、矢羽根以外すべてが鉄で作られたものだ。鉄の棒を削って尖らせただけの代物で、返しは付いていないが先端部には毒を塗り込むための溝が掘られている。
ハイ・オークがその矢を弓につがえ、構えた。見当違いの方向ではなく、まっすぐに俺を狙っている。
どうやら、奴は陽の光の中でも目が見えるようだ。そんな話は聞いたことが無いが、ここはそう考えるべきだろう。
「ラキア、建物の影に入ってろ!」
俺が叫ぶのと同時に、第二射が射られた。それを直感に任せて叩き落す。乱戦ならばともかく、一対一で向かい合っている状況なら矢を叩き落とすのはそれほど難しくはない。
そうしている内に、ラキアが慌てて近くの家へと駆けこんだ。中から、うわっっという声が聞こえる。何かあったのかと横目で確認すると、彼女が入ったのは俺が最初に踏み込んだ家だった。ゴブリンの死体が転がっているせいで、家の中はそれなりの惨状になっている。が、今は我慢してもらうしかない。
難なく二射目の矢も叩き落した俺を見て、ハイ・オークが苛ついたような声を上げた。
すると、先ほどまで村の中を右往左往していたオークどもが弾かれたように動きを止める。ハイ・オークがさらに罵るような言葉を発すると、オークどもは黒い鉄塊のような剣を握りなおして、俺のほうへ身体を向けた。
なるほど、指示を出しているわけだ。右、左、まっすぐ。化け物の聞くに堪えない罵詈雑言の中から、奴らの言葉でそんな単語が聞き取れた。
その誘導はゴブリンのそれよりも遥かに的確だ。二匹のオークは俺を挟み込むような形でじりじりと近づいてくる。同時に、ハイ・オークが新たな矢を弓につがえているのが見えた。二匹の雑魚が突撃するのと同時に、射かけるつもりなのだろう。
なるほど。化け物にしては考えるじゃないか。
俺は迎え撃つように、手の中で剣をくるりと回した。




