第五話 盗人・後編
翌日。
朝早くから宿をあとにして、街の南へと向かった。
着いてみれば、街の南門を囲むように立ち並んでいるのは家、というか。
掘っ立て小屋と木の棒に布を括りつけただけの粗末な天幕が雑多に乱立している。
昨晩、女将は余所者が住み着いていると言っていたが、要するに三年前に始まった戦のせいで故郷を追われた者たちが集まっているのだろう。
家を失った者。家族を失った者。故郷を失った者。そんな人々が寄り集まって暮らす場所。
王都にも、ここと似たような場所がある。
いわゆる、貧民街というやつだ。
さて。
マントのフードを目深に被って、貧民街の道端に腰を下ろす。
このマントは故郷を出た時から使っているものなので、適度に薄汚れていて、周囲にもなじむはずだ。
なんでこんなことをしているのかと言えば、昨日の盗人を探すためである。
まさか、窓から飛び降りて隣の建物に着地するとは思わなかったが。それはともかく、その後の逃走に何の迷いもなかったことから、あの盗人はこの街の地理に精通しているのだろう。
そして、走り去った方角。南へまっすぐだった。
あまりこういう偏見は持ちたくないが、まあ、十中八九、あの盗人はこの貧民街に住んでいるはずだ。
眼を閉じて、往来をゆく人々の足取りに耳を澄ませる。
脳裏に呼び起こすのは、昨日聞いた盗人の足音だ。
この手の技術は故郷で散々叩き込まれた。
本当は地べたに耳を付けた方が聞こえやすいのだが、まあ山や森の中で魔獣やらオークやらを追跡するのに比べたら簡単なものだ。
すたすた。
これは違う。軽すぎる。
てくてく。
これは幼すぎる。
ずる、ずる。
左足が悪いようだ。これも違う。
そうやってしばらく足音に耳を傾けていると、ちょっとした事が分かった。
この貧民街には女子供と、それから老人しかいないらしい。
妙だな。男はみんな、働きに出ているのだろうか。余所者に冷たい田舎の街で、全員が全員、仕事にありつけるとは思わないが。
と、考えていたところへ。
ざっ、という。力強く地面を踏みしめる足音が往来に響いた。
これだなと思って、フードの下からそっと足音のする方を盗み見る。
すらりとした健康的なふくらはぎが見えた。
やはり、若い女だったか。
足音からすると、何かを抱えているようだが、顔を見られると面倒なので視線は下に向けておく。
彼女が通り過ぎたところで、俺はそっと立ち上がり、その後をつけた。
……しかしまあ。何だな。
たぶん、今の俺はどこからどう見ても浮浪者にしか見えないんだろうな。
しかも、若い女の子のあとをつけている……これ以上考えるのはやめよう。