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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第一章 銀髪の放浪者
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第二話 銀髪の放浪者 2

 田舎者のように、というか紛うことなき田舎者なんだが、きょろきょろと顔を巡らせながら、雑踏を歩く。

 どうやら、俺が知らなかっただけで、ここは結構大きな街のようだ。

 通りはきちんと石畳で舗装されているし、立ち並ぶ家も石や煉瓦で建てられた立派なものが多い。

 考えてみれば、王都から西へ伸びる大街道の中間にあったのだから、当然といえば当然か。

 たぶん、西の国と通商する拠点なんかとして使われているのだろう。

 その予想を裏付けるように、通りには屋台だけでなく、店を構えている商店も数多くあった。

 その一つ一つの前で思わず足を止め、面白そうな店を冷やかしたりしながら歩いていたせいで、交易所を見つけることには陽が傾き始めていた。


 この街の交易所は、レンガ造りの立派な建物だった。

 交易所とは、その街における商取引の仲介や仕事の斡旋などを行っている役場の事だ。

 それに加えて、領主から税の取り立てを任されていることもあって、ある程度大きな村や街には必ず置かれている。

 その場所における商店や商会の元締めのようなものであり、新しい土地で商売を始めようと思った時には、そこの交易所に顔を出すのが一番、話が早い。らしい。

 らしい、というのは、人からそう教えられただけなので、実際のところは良く分からないからだ。

 俺は商人でもないし、商売をする気もなければ、できる気もしないので一生、縁のなさそうな場所だなと思っていたのだが。


 見た目は立派だが、建付けが悪いのか。やたらと甲高い叫び声をあげる扉を開けて中に入ると、一瞬、その場にあった全ての視線が俺に集中した。

 顔を向けると、それもさっと逸らされてしまうのだが。

 まあそんな目で見られることにはもう慣れきっているので、特に気にはせず、空いている受付台へと向かう。


「見ない顔ですな。どういった御用件で?」


 受付に立っていた中年の男が、やはりジトっとした目で俺を見ながら、そう口を開いた。


「ええと、魔物討伐の報酬を受け取りたいんだけど……」


 この言い方で伝わるよな、と不安に思いつつ用件を口にする。

 それに男は何処までも胡散臭そうな顔を俺に向けたまま、受付台の上に枠のついた木板を置いた。


「では。ここに証拠品を提出してください」


「ああ、うん。ええと……」


 担いできた大きな麻袋を下ろして、中から緑色をした蝙蝠の羽根のようなものを取り出す。

 切り落とした緑猿鬼ゴブリンの右耳だ。

 血抜きをして、すっかり萎びているそれを木板の上に置く。

 こうして魔物や魔獣を討伐した証拠品、その身体の一部を切り取って持ち帰り、交易所で提出することによって、倒した魔物ごとに設定されている討伐報酬を受け取ることができるのだ。


 この討伐報酬制度は、三年前に起きた魔獣大襲来と、その後の魔軍戦争が終結した後も増え続ける魔獣や魔物による被害を少しでも減らすため、約半年前に始まった。

 魔軍と戦うために軍事同盟を結んだ中央三ヶ国が共同で発布したものであり、戦が終わって仕事にあぶれてしまった傭兵や冒険者たちを救済する目的もある。

 荒事に長けた連中が暇になると、ろくなことをしないという意味でもあるが。


 国としても、この制度のおかげでちょっとした魔物や魔獣の被害に対して、一々騎士団や分を動かさなくて済むという利点がある。

 傭兵や冒険者に支払う討伐報酬は成果報酬なので、食事や行軍の装備まで手当しなければならない騎士団や軍隊を動かすよりも遥かに安く済むのだ。

 それに傭兵たちが小遣い目当てでちょっとした魔物を討伐してくれるおかげで、彼らでは手に余るような相手が出て来た時や、ここぞという場所に戦力を集中させることもできるようになった。

 報酬の資金も三ヶ国で出し合っているため、一国辺りの負担も少ない。

 二度に渡る大規模な戦役ですっかり疲弊しきった各国の国庫にも優しいというわけだ。

 ちなみに証拠品を換金するために交易所が選ばれた理由は、何処にでもある公営の役場だからだ。


 そんな一石二鳥も、三鳥も四鳥もありそうな仕組みを考え出してしまった奴の名声が余計に高まってしまったことだけが、唯一の誤算というか。

 だって、そんな利点があるとは思わないじゃないか。思い付きで口に出してみただけだし。


 袋から取り出した中身を、次々と木板の上に並べてゆく。

 途中で木板一枚では足らなくなり、今は四枚目だ。

 緑猿鬼ゴブリンの右耳が二十一。

 悪鬼オークの右手が五十六。

 魔狼ワーグの尻尾が七。

 最後に岩大鬼トロルの石化した鼻が一つ、ひっくり返した袋から転がり出たところで。


「……どこの騎士団が挙げた戦果だ、こりゃ」


 受付の男がぽつりと呟いて、呆れを通り越した、疑いの目で俺を見た。


「本当に、アンタ一人でこれだけの数を?」


「あ――」


 男の質問に、ああ、そうだと頷きそうになって、慌てて口を噤む。


「あー、いや。実は、途中まで王都の騎士団と一緒だったんだ。道中の危険から守ってもらう代わりに、ちょっとした雑用なんかを引き受けててさ。それで、まあ、おこぼれを貰ったわけで……」


 どうやら、一度に持ち込むには多すぎたようだと気付いて、咄嗟にそう嘘を吐いた。

 いやあ、この国の騎士様は気前がいいねー、と頭を掻きながら笑っておく。

 途端、受付の男は得心がいったとばかりに破顔した。


「なんだ、そういう事か」


 流石は我が国が誇る精鋭騎士団だなんだと、我が事のように嬉しげに頷いている。

 上手く誤魔化せたらしい。

 ま。このところ、この国の騎士団はすこぶる評判がいいからな。

 別にもともと悪かったわけでは無いだろうが。それでも、今のように騎士団の名が出ただけで、手放しで称賛されるほどではなかったはずだ。

 それでは何故、そうなったかと言えば。


「なにせ、いまこの国の騎士団を率いているのは、あの大陸の若き英雄、ルシオ・アルバイン大将軍だからな」


「……へえ」


 ふふんと、誇らしげに胸を張った彼に思わず、気の抜けた声が漏れてしまう。

 男はそんな俺の反応が気に入らなかったのか。


「ん? 何だ、アンタ。もしかして、アルバイン将軍のことを知らないのか?」


 不満そうな顔でそう訊いてくる男に、俺はあーいやと曖昧に応じた。


「名前を聞いたことはあるけど、この通り、しがない旅人なもんで……そんな雲上の方々について、詳しく知る機会なんてなくてね」


 面倒なので、さっさとこの話題を終わらせてしまおうと肩を竦めながらそう答えたのが失敗だった。


「そりゃいかん。俺が教えてやる」


 受付の男は、何かの使命に燃える瞳を俺に向けながらそう言った。


「え?」


「流石に、吟遊詩人たちのように歌えはしないが。いいか? 今、このアンヌ―レシア王国の主将として、国王陛下から軍の全権を任されておられるルシオ・アルバイン大将軍はだな……」


 聞き返す俺も無視して、男が語り始める。

 いや。聞きたくないんだけど。ていうか、何。歌までできてんの? 

 やめて欲しいんだけど。


「彼の英雄譚の始まりは三年前。魔獣の大群が大陸中に襲いかかったその時、彼は忽然と姿を現した。彼は我が国の騎士団と共に戦場を駆けて魔獣を退け、その後の魔軍戦争では歴史上初となる中央三ヶ国による軍事同盟が締結された際、同盟軍の総大将として、この大陸を悪しき魔族の手から救ったのだ。その後、我が国の王から請われて現在の地位に至ったわけだが……」


 よくもまあ、そんな長ったらしい口上がすらすらと口をついて出るものだと感心する。


「……ま、大将軍なんてくらいはないけどな」


「ん? 何だ?」


 何時まで経っても終わらない男の語りに、思わずぽつりと零した途端、噛みつくような勢いで聞き返された。


「いやいや、何でもない。すごいお方だなぁと思って」


 咄嗟に、そう誤魔化す。

 危ない、危ない。

 この国でアルバイン大将軍閣下のことを悪く言おうものなら、袋叩きにされても文句は言えないのだ。

 それだけの尊敬を集めているという事だろう。

 いや、それは両隣の国でも同じか。


 どうにか誤魔化せたようだったが、男はその後もルシオ・アルバイン大将軍について熱く、長く、語ってくれた。

 剣を振るっては剛力無双。指揮を執らせては英明闊達。あらゆる武芸に秀で、知に長けた天下無敵の大英雄。

 若くして将軍という地位にありながらも、人柄は気さくで公平。誰に対しても分け隔てなく接する人格者で、指揮下にあった者たちは一兵卒に至るまでみな彼を慕っており、この国の王女様とも良い仲だとは周知の事実だとか。なんだとか。

 よくもまあ、会ったこともない人物についてそこまで詳細に語れるものだ。

 やめて欲しい。というか、話が長い。

 途中で助けを求めるように、隣の受付に立っている女性へ目を向けてみたが、返ってきたのはあらまあ仕方ないわねえ、みたいな笑みだけだった。


 まあ、大方は北の一族おれに対する当てつけなのだろう。

 そもそも、俺たちの御先祖様がしっかりしていれば三年前の魔獣大襲来も、魔軍戦争も、それによって齎された数々の悲劇も無かったはずなのだから。


昨日の更新すっ飛ばしたので、今日はもう一話投稿します。

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