第十五話 誇りはないのか
さて。
三人の山賊がじりじりと距離を詰めてくる。
棍棒を持った禿げ頭を真ん中に、俺から見て左に剣、右にナイフを持った山賊がそれぞれ固めている陣形だ。
といっても、ここは狭い部屋だ。入り口を塞ぐように立っている大男まで五歩もあれば届くし、横も三人が並ぶだけで精一杯の幅しかない。
一対多数の有利は広い場所でこそ意味があるというのに。
「やっちまえ!!」
そんな考えもないのだろう。
大男の号令一下。山賊たちが一斉に飛び掛かってくる。
仕方ない。少し痛い目に遭ってもらうとしよう。
まず、禿げ頭が棍棒を振り下ろしてきた。それを真正面から左手で掴んで受け止める。
この手の武器はそれ自体の重量と、使い手の腕力がそのまま威力になる。鉄製でもなければ、棘も付いていないただの木製の棍棒であれば、素手で受け止めることもそう難しくはないのだ。
そこへ左から剣を持った山賊が斬り込んできたので、掴んだ棍棒をそちらへずらす。山賊が振るった剣は棍棒の太くなっている部分に半ばまで食い込んで止まった。やはり、切れ味が悪い。
攻撃に失敗した二人が驚いたように目を見開いているところへ、右からナイフ持ちが迫っていた。それに対しては小細工も要らない。背を低くして懐へ入り込もうとしているその顔面を思いきり蹴り上げる。今度は手加減、というか足加減もしなかったので、ナイフ持ちはそのまま壁まで吹っ飛んで動かなくなった。
禿げ頭の意識がわずかにそちらへ向いたので足を払い、倒れ込むその顎を右の拳で打ちぬく。禿げ頭は俺の手に棍棒を残して、昏倒した。
最後に残った山賊は、棍棒に食い込んだ刃をまだ抜けていない。なので、左手で握った棍棒ごと押し倒して、地面に叩きつける。
「まっ……!」
たぶん、待てとか、待ってと言おうとしたのだろう。
それを言い終わるよりも先に思いきり殴りつけて、意識を刈り取った。
ここまで、ほんの数秒といったところだろうか。
先ほどまでとは打って変わって、しんと静まり返っている部屋の中で、ふうと息を吐く。
叩き伏せた山賊の手から剣を拾い上げて、棍棒から引き抜く。
鈍らだが、無いよりはましだろう。
その切っ先を部屋の入口で、唖然として立ち尽くしている大男に突きつける。
「まだ痛い目に遭いたいか?」
「う……」
先ほどまでの威勢はどこへやら。
大男は気絶している三人の手下と俺を見比べながら、言葉に詰まったように唸りながら後ずさる。
そんな大男に、俺は尋ねた。
「だいたい、なんで山賊なんてやってるんだ。金が欲しければ、魔獣か魔物を狩ればいい。誇りはないのか?」
訊きながら、俺は大男を眺める。恰幅の良い体格だ。筋肉の盛り上がった太い腕に、服の上からでも分かる分厚い胸板。背も俺と同じくらい高い。
それだけの体躯に恵まれて、武器もあるのだ。さらに手下もいる。魔獣でも魔物でも討伐して、その報酬を受け取って生計を立てるほうが、いつか自分が討伐されるかもしれないと怯える日々よりも遥かにマシだろうに。
「無駄よ」
そう思っている俺の背後で、ラキアが声をあげた。
「魔獣大襲来の時も、魔軍戦争の時も。戦いには参加せずに、男たちの居なくなった村を襲って略奪していたような連中に、誇りなんてあるわけないわ」
「ああ、そういう……」
彼女の吐き捨てた言葉に、思わずなんと返したら良いものか分からなくなる。
参ったな。理解できない人種だ。いやまあ、そういうのがいるとは知っていたが。
全ての弱きものに代わって剣を取り、大陸安寧のため諸国万民の盾となれと育てられる俺たち一族にとって誇りとは何よりも代えがたいものだ。戦いがあるのに見て見ぬふりをすることはおろか、たとえどれほど飢えたとしても、他者から略奪しようなどとは考えない。
そんなことをするぐらいならば、喜んで餓死する道を選ぶのがうちの一族なのだ。
流石にその常識が他所では通用しないことくらい、この三年で学びはしたのだが。
「う、うるっせぇ!」
呆れたような俺たちのやり取りに、大男が喚いた。
「何が誇りだ! けっ、実に騎士様らしい言い草だぜ! 楽して稼げりゃ、それでいいじゃねえか!?」
「芯から腐ってるな……」
大男の言葉に、思わずため息が漏れた時だった。
猿よりも野太く、猛獣よりは甲高い吠え声が外から響いたのは。




