第十三話 北の一族 2
大昔。
暗黒の神を奉じる魔物の軍勢が、この世を闇で覆わんと侵攻を始めた時。
人間、エルフ、ドワーフは同盟を組んでこれと戦った。
三種族から成る同盟軍は長く、激しい戦いの末に魔軍を打ち破り、化け物どもを北の山脈の果てへと追放することに成功した。
こうして、この大陸は平和を取り戻したのだが、これでめでたしめでたしとはならなかった。
北の果てに広がる、凍てついた不毛の大地へ追いやった後も、化け物どもは決して滅んだわけでは無いからだ。
化け物たちを追いやった北の果てと、その以南は険しく切り立った岩山が連なる山脈によって隔絶されている。だが、ここには一つだけ切れ目があった。
化け物どもはこの切れ目から再び大陸へと侵入しようと、幾たびも襲撃を仕掛けてきた。
北の地を守る人間やエルフの戦士たちによってその度に撃退されたが、連中は大陸帰還の野望を心底から諦めなかった。
そこで、山と山の切れ目を塞ぐほど巨大な門が造られることになった。
建造したのは、当時はまだ人間とエルフの友であったドワーフたちだ。
彼らによって造り上げられた、絶壁と絶壁を塞ぐ不壊の門は、ゴディシュの門と名付けられた。
ゴディシュというのは、ドワーフたちが信仰する石と鉄を司る神の名前らしい。
そして、このゴディシュの門を守るためにアンバス・ガレンという要塞も築かれた。
ゴディシュの門と、アンバス・ガレン。
この二つを守る役割を担った国こそが、今はなき北方王国である。
北方王国はその後、約七千年に渡って北の果てから押し寄せる化け物たちからこの大陸を守るという使命を果たし続けた。
大陸諸国は、犠牲を払いながらも大陸の安寧を守り続ける彼らを称賛し、いつからか、北方王国は人間の国々の中で最も権威ある、北の大国として敬われるようになった。
そして。それが北方王国の、堕落の始まりでもあった。
王国末期の王たちは、諸国に対して貢物を求め始めた。
化け物から守ってやっているのだから、対価を寄こせというわけだ。
初めのうちこそ、諸国はその要請にも応じていた。だが、のぼせ上った北方王国の要求は年を追うごとに膨らみ続け、彼らの態度はますます尊大になっていった。
やがて、大陸諸国が北の大国を白い目で見始めた頃である。
数えきれないほどの化け物の大軍が、北の要塞へと襲いかかったのだ。
七千年間に渡って、ただの一度として陥落することのなかった難攻不落の要塞に慢心しきっていた北方王国だったが、一月、二月、一年を超えてなお止むことのない化け物の大軍による攻撃に、いつしか第一の堡塁が占拠され、砦が落ち、そして遂にはゴディシュの門の突破を許してしまう。
この期に及んで、ようやく諸国へ援軍を求めた北方王国だったが、すでに大陸諸国は北の国に対して見切りをつけており、それらの国々から兵が拠出されることはなかった。
かくして。北の地で大陸の平和を守り続けてきた北方王国は、七千年の長きに渡って北の果ての凍てついた大地へ押し込まれていた化け物どもの怒りを一身に受けることとなり、一夜にして滅んだという。
だが、北の都が落ちるその寸前。王族の一人がわずかな人々と共に、人知れず脱出することに成功した。
その王族によって率いられたわずかな人々の末裔が、現在の俺たち。北の一族というわけである。
これが、俺たち北の一族が大陸中から白い目を向けられる理由だ。
まあ。尊大な態度と振舞いで散々、他国を見下していたくせに、大陸を化け物から守り抜くこともできなかった国家の末裔なのだから、それも当然といえば当然だが。
「ふぅん……」
昔話を聞き終えたラキアが、なんともいえない表情で鼻を鳴らした。
「それって、どれくらい前のことなの?」
「かれこれ。五百年くらい前の話だな」
「そんな昔のことで今も差別されてるわけ? バッカみたい」
答えた俺に、ラキアが呆れたように言い捨てた。
まあ。そう言ってくれるのはありがたいのだが。
「でもなあ。前回の戦、魔獣の大襲来も、魔軍戦争も、うちのご先祖様がしっかりしてれば起こらなかった事だからなあ」
「アンタが責任を感じることなの、それって?」
納得いかないというように溜息を吐いた彼女に、曖昧な笑みを向ける。
責任、というほどのものではないのだが。そう教育されるのだ。
そう口にした俺に、ラキアが言った。
「それをいうなら、アンタこそ、救援を求めたアンタたちのご先祖様を助けなかった国を、恨んでないわけ? そのせいで国が滅んだようなものじゃない」
そう訊き返されて、言葉に詰まる。
考えたこともなかったな。それは。
返答に困っている俺に、ラキアはさらに続けた。
「あのルシオ・アルバイン大将軍様だって、魔獣や魔軍から国を守ったと言われているけれど、私の故郷は救えなかった。でも、私は別にそのことで彼を恨んでなんかいないわ。すごい人なんだろうとは思う。でも、何でもかんでもできるわけじゃない。自分が救われなかったからって、誰かにその責任を押し付けようとするのは、なんか、違うと思うわ」
「そう、そう。みんな騙されてるんだ。大将軍なんて呼ばれてるくせに、家を失った子供一人助けられないような能無しなんだから」
「いや、そこまで言ってないけど」
自らへの戒めも込めて、良いこと言うなぁと頷いていると、ラキアから冷静に突っ込まれてしまった。
そこへ、騒がしい足音が部屋の外から響いた。




