第十話 虚言尋問
「おや、兄さん。もう出発かい?」
一昨日、街に入ったのと同じ通用口を使って外へ出ると、赤ら顔の門番がそう声を掛けてきた。
「ああ。まあね。急いで王都に戻らなくちゃならないことになったもんで」
肩を竦めながら、なんでもない事のようにそう答える。
「へえ?」
それを聞いた門番が、何事かという顔で俺を見上げた。そんな彼に、俺は少し身を屈めると、声を潜めて言った。
「実は。これはあまり言いたくなかったんだが、俺は国王陛下からとある密命を受けてこの街へきた王都の騎士なんだ。ほら、近ごろ、この街は鉄鉱山の発見で賑わっているだろ? だが、そこに良くない噂も流れていてな。その真偽を確かめてこいという命令だったんだが……この街に来て早々、王から預かっていた大切な短剣が盗まれてしまった。どうやら、噂は真実だったらしい。まあ、あの短剣には特別な呪いが掛かっていて、王宮の魔術師が呼びかければすぐに在処は分かる。だから一旦、王都に戻って騎士団を呼んで来ようと思ってね」
「へ、へえ……そうでごぜえやしたか」
ひそひそとそう言っている内に、門番は恐々とした様子で揉み手を始めた。
その視線はあらぬ方向に飛び交っている。相当、動揺しているようだ。
それとなく街の人たちに聞き込みをした結果、この男は正規の門番として雇われたわけではないようだ。
何時の頃からかやって来て、こうして門番の真似事を始めたらしい。
領主から頼まれたと言っているらしいが、何処までが本当なのかは誰も知らなかった。
それでも、怪しげな連中が増えてきたのは事実であり、また街の住民からは通行料を取らなかった事から、黙認されていたのだそうだ。
「アンタの苦労も、もう少しだな」
そんな彼の肩に手を置いて、俺は励ますように笑いかけた。
何のことか分からないという顔で、男が俺を見上げてくる。
「俺が王都に着くまで5日ほど。その後、派遣された騎士団がこの街に着くまで、3日ってところか。あとそれだけで、この街で悪事を働いている連中は一掃される。そうなれば、アンタの仕事も随分、楽になるんじゃないか?」
「そ、それはもちろん、ええ……まっこと、有難いことで……」
俺の言葉に一々首を縦に振りながらも、男の顔面は蒼白だ。
昨日のラキアとのやり取りでも思ったが。
単純な嘘に騙され過ぎじゃないか、みんな。
俺が鋼の剣を吊ってるから、信憑性が高いと思われているのか。
いや。もしかしたら、俺の見た目が関係しているのかもしれない。
この辺じゃ、北の一族は怪しげな呪いを使うとか、鳥獣の言語を解すだとか。色々と好き勝手言われているらしいし。それが王に密命を受けていると言っても、不思議には思っても疑いはしないのかもしれない。
ま。上手くいくなら、なんでもいいか。
俺は狼狽している男に屈みこんで、さらに低い声を出した。
「戦乱が終わって、人々がようやく落ち着きを取り戻してきたこの時期に平和を乱した罪は重い。それに、王家の品を盗んだとなれば。悪党はかなり厳しい裁きを受けるだろうな。首魁を筆頭に、一人残らず縛り首か斬首か……」
脅すようにそう囁いてから、俺はただし、と続けた。
「俺個人としては、できればこの問題を大きくしたくはないんだけどな。いくら王からこの街の治安を確かめるように密命を受けているとは言っても、俺がこの街でのことを報告して、騎士団が乗り込んで来れば……それは現領主の治世に瑕疵があった、と民から思われてしまうかもしれない。それは、国としてもあまりいいことではないと思う。もしも、人知れず、速やかに問題を解決できるのなら、それが最善だと思うんだけどなぁ」
含みたっぷりに、そこで言葉を切る。
「たとえば、事情をよく知っているヤツが協力してくれれば助かるんだが。連中の隠れ家は何処にあるのかだけでも教えてくれれば……それで短剣が取りかえせたなら、盗んだことは不問にしてもいいくらいなんだ」
そう付け加えてから、俺は剣の柄に手を添えた。身を屈めたまま、男の瞳を覗き込む。
冷汗だろうか。男は額に滲む汗を、しきりに服の袖で拭っている。
そんな彼を黙って見つめ続けていると。
「ご、ご勘弁を……! どうか、お情けを……!」
突然、門番の男がその場で両膝を突いた。
「話、聞かせてくれるか?」
尋ねると、男は地面に額を擦りながら頷いた。




