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若将軍は旅がしたい!  作者: 高嶺の悪魔
第一章 銀髪の放浪者
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第一話 銀髪の放浪者 1

「兄さん、旅の人かい?」


 王都を出てから半月ほど経っただろうか。

 街道沿いに見つけた街の外壁へ近づくと、門の脇に立っていた初老の男からそう声を掛けられた。

 どうやら、この街の門番のようだ。

 門番といっても、鎧は着けていないし、武器も持っていない。

 弛んだ頬に無精ひげの目立つ赤ら顔は、どう見ても正規の衛兵には見えないし、街の住む者の中から雇われた門番なのだろう。


「ああ。二日ほど、滞在したいんだが」


 抱えてきた大きな麻袋を肩に担ぎ直しながら答えると、門番は胡散臭そうな顔で俺を見上げた。

 俺の方が頭一つ分、背が高いという事もあるだろうが。彼は俺の頭、というよりも、そこに生えている、くすんだ銀色の髪を見ているのだろう。

 このあたりでは珍しい銀髪は、俺が北の荒野を流離う、放浪の民であることの証だ。

 そして、それは同時にこの大陸において侮蔑と嘲笑の的でもある。

 大陸の平穏を守るという使命を果たせず、再びこの地に悲劇と混乱を招き入れた亡国の末裔として。


 門番はひとしきり、俺の頭を眺めたあと、今度は視線を下へ移した。

 ここ数日。街道を離れて、野山をさすらっていたため、服もマントもブーツも泥やら何やらですっかり汚れている。

 見ようによっては、どこぞで悪事を働いて追放されてきたんじゃないかと疑われても仕方のない身なりだ。

 田舎の街は余所者に厳しいっていうし、もしかしたら街の中には入れてもらえないかもしれないなぁ。


「通行料は銅貨二枚だよ」


 そんな心配をしていた俺に、門番が意外にもあっさりとそう告げた。

 もう少し、色々と訊かれるかもしれないと身構えていたので、思わずほっと息が漏れる。

 言われた通りの額を門番に手渡す。すると、彼は俺の腰に吊ってある剣を指でさした。


「それと、その腰のもんを検めさせてもらっていいかね、兄さん」


 一応、規則なもんでね。という男に言われるがまま、鞘から刀身を半ばまで引き抜く。

 それを見た男は、驚いたように目を見開いた。


「そりゃ、鋼かい? 兄さん、そんなもんどうやって手に入れたんだ?」


 門番が感心しているやら、動揺しているやら分からない声で言う。

 どうやら、俺が鋼の剣を持っていることに驚いたようだ。

 まあ、確かに。普通の旅人が持っている剣なんて、大抵は青銅か、良くても鉄製だ。

 そもそも、鋼の剣は値が張る。その全てが鍛冶職の手からなる一品ものだからだ。

 そんなものを持っているのはよほどの金持ちか、貴族。若しくは、それらに仕える騎士たちくらいのものだ。

 どこからどう見ても、しがない一介の旅人にしか見えない俺が、なんでそんなものを持っているのか不思議なのだろう。


「もしかして、兄さん。前回の大戦おおいくさで随分と活躍しなすったんかね?」


「いや、別に、活躍というほどじゃ……ちょっとしたおこぼれを頂いたようなもんさ」


 先ほどまでの疑うようなものから一転して、好奇の目を向けてくる門番に、俺は冗談交じりにそう返した。


 門番の言った前回の大戦とは、三年前に魔獣の大群が大陸中を襲った事件と、それに呼応するように大陸中央三ヶ国へ侵攻を始めた魔物の軍勢との戦い。その二つを纏めたものだ。

 今日では魔獣大襲来、魔軍戦争とそれぞれ呼ばれている。

 特に大陸中央三ヶ国が史上初となる軍事同盟を結んで戦った魔軍戦争では、数多くの英雄が生まれた。

 その中で俺は、ちょっとした手柄を立てた一人。そう思ってもらえればいい。


「ま。でっかい戦だったからなぁ」


 俺の思惑通り、そんなこともあるかと納得したように門番は呟いた。

 たぶん、俺のことを傭兵か何かだと思ったのだろう。

 まあ、実際そのようなものだし。敢えて説明はしない。

 言えば、絶対に面倒なことになるし。


 街に入るための手続きを全て終えたところで、門番が大門の脇にある小さな扉を手で示した。

 どこの家にもあるような、何の変哲もないその扉は、出入りのたびに一々大門を開け閉めするのが面倒なので設けられている通用口だ。

 そもそも大門とは領主や貴族たちが乗馬したまま街に入るためのものなので、一般市民が使うのはもっぱらこちらなのである。


 扉をくぐって壁の中へ入ると、思ったよりも街が賑わっていることに驚いた。

 流石に王都とまではいかないが、目抜き通りの往来は田舎の街にしては大したものだ。

 道行く人々をざっと見渡したところ、肉体労働に従事しているのだろう屈強な体格の男たちが目立つ。こうした労働者の多くは、故郷の村々から出稼ぎに出ている者たちのはず。

 どうやら、この街ではよほどの大仕事が行われているらしい。

 これだけの数が集まるのだから当然、相応に羽振りもいいはずだ。

 そんな彼らの懐を目当てにしているのだろう、通りには多くの屋台が立ち並んでいる。

 威勢のいい掛け声とともに、肉の脂が弾けるパチパチという音がそこかしこから響いてくる。

 煙とともに、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきて、思わず口の中が唾液で一杯になった。

 そこらじゅうの屋台を片端から巡って食い倒れたいという欲求に抗うつもりは当然、皆無である。

 だが、そのためには。まずは先立つものが無ければ。


「この街の交易所は何処にある?」


 通ってきたばかりの通用口から顔を出して、門番の男にそう尋ねる。すると、この通りをまっすぐだと教えてくれた。

 門番に礼を言って、いよいよ街へと踏み込む。

 どうしてこう。初めて訪れる場所というのは、堪らなくワクワクするのだろうか。

 俺にとって、それは街でも森でも、山でも変わらない。

 住んでいる人からすれば何の面白みもないだろう路地一つとっても、木漏れ日が差し込む森や物珍しい形をした巨岩、高い山の頂から見下ろす風景を眺めているのと同じような気持ちになる。

 だから、俺は旅が好きだ。

 だから、俺は旅に出たのだ。

 故郷には何もなかったから。

 荒れ果てた不毛な大地と立ち枯れた木立、そして戦いがあっただけだ。


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