◆解説◆
あとがき代わりのおまけ解説です
ご興味のある方はどうぞー
【解説】
万葉集・1巻28番歌 持統天皇
〈春過ぎて 夏来たるらし 白栲の 衣干したり 天の香久山〉
〈はるすぎて なつきたるらし しろたへの ころもほしたり あめのかぐやま〉
これは何を詠んだ歌かといえば、『おっ香久山に白い布が干してあるな。ってことはもう夏かぁ』と、それだけの歌です。
…いや、こんなアトソンくんみたいな説明したらまでこさんに怒られてしまいそうですね…。ですが万葉集の多くはこうして見たもの、感じたものを率直に歌にしたものが多いのです。
一見単調にも思えますが、こうした歌は詠まれた情景を思い浮かべた時にその真価を発揮します。
春の暖かさも過ぎゆき青く高く晴れ渡る空の下、新緑の山々に白くたなびく衣が干されている。たった三十一字の和歌がまるで色彩を持ったかのように鮮やかに景色を伝えてくれるのです。
だからまでこさんもそんな風景を絵にしてみようと思ったのでしょうね。
ちなみに山の形を見ただけでこれが香久山だと当てられる人は、地元の人か相当の通だと思います。
もちろんまでこさんに写真を見せれば一目で当てられます。どうして判るんだろう…?
【解説】
作者不明
〈色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず〉
〈いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす〉
言わずと知れたいろは歌です。
江戸時代に入る頃には文字の手習い書として広く市民にも知られていたようですね。
後の江戸では歌舞伎で『仮名手本忠臣蔵』という演目が扱われておりまして、
『仮名手本』とは手習い書の『いろは歌』のこと、そしていろは歌は47文字
……つまり“咎なく死した赤穂四十七士”を指していたそうです。
当時江戸中を騒がせたセンセーショナルな大事件である赤穂浪士の吉良邸討ち入り、それを脚色して創作されたのがこの『仮名手本忠臣蔵』です。
興味深いのは、本編で述べた“咎なくて死す”の仕掛けが広く世間一般にも知られていたという点ですね。この他にも隠された複数の言葉があるともいわれていますし、これほど有名にも拘らず、誰がなんの意図でこの歌をつくりだしたのかさえ解明されていません。
までこさんも言っていたように一説によると詠み人は柿本人麻呂とも言われていますが、彼とはゆかりもない後世の人が作ったよく出来た暗号文だとも言われています。
謎が好きな人は一度詳しく調べてみると、その奥の深さにハマってしまうかも?
【解説】
万葉集・3巻317番歌 山部赤人
〈天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き
駿河なる 不尽の高嶺を 天の原 振りさけ見れば
渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず
白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける
語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は〉
〈あめつちの わかれしときゆ かむさびて たかくとうとき
するがなる ふじのたかねを あまのはら ふりさけみれば
わたるひの かげもかくらひ てるつきの ひかりもみえず
しらくもも いゆきはばかり ときじくそ ゆきはふりける
かたりつぎ いひつぎゆかむ ふじのたかねは〉
いやーこれまた長い!長いけど作者が初めて好きになったカッコイイ万葉集でもあるので紹介させていただきます!
まず出だしが〈天地の別れし時〉から始まるんですよ?格好良よすぎません?
天地開闢ですよもう中二時代の作者の心はここでガッチリ掴まれましたね、ええ。
天地が別れた時から存在する、神々しくも貴き富士の高嶺を天空を仰ぐように見上げれば……と歌い始めている訳です。それを表す言葉のひとつひとつがもう格好良いの塊ですね。
次に行きましょう。
〈渡る日の影も隠らひ 照る月の光も見えず〉
ここ!太陽と影、月と照の対比ですよ!そして富士の大きさを太陽が隠れ月も見えない程の……と比喩にて伝えている訳です。
太陽を影と表現するのがなんかお洒落で作者はこの表現が大好きです。
ちなみに「影」というと現代は英語のシャドウやシルエットの意味として使われていますが、元々は日・月・灯火などの光を指す言葉でした。遮蔽物から伸びる「影」だけではなく、光源から伸びる光の帯のことも「影」と呼んでいたのではないでしょうか。
今も名残で月光を指す「月影」という言葉があったりもします。
そうして日も月も閉ざされ、雲も行く手を阻まれ、絶え間なく雪が降り続ける。
語り継ぎ、言い継いでいかなければならない。この素晴らしい富士の姿を。
というように、隅々まで神々しく、雄大に富士を讃えているのがこの長歌なのでした。
万葉歌人の豊かな感性には驚かされますね。
【解説】
万葉集・4巻661番歌 大伴坂上郎女
〈恋ひ恋ひて 逢へる時だに うるわしき 言尽くしてよ 長くと思わば〉
〈こひこひて あへるときだに うるわしき ことつくしてよ ながくとおもわば〉
こちらの歌は創作物にも結構出てくるのを見掛けますね。それだけ印象強い歌です。
〈恋ひ恋ひて〉という繰り返しがまず恋という漢字のインパクトと、どんなに恋いているのかという切実な気持ちがひしひしと伝わってきます。
そして〈うるわしき言尽くしてよ〉の響きの良さ…好いた女性にこんな風におねだりされたらキュンときちゃいますね。
この〈長くと思わば〉はざっくりと『ずっとこうしていたいと思うなら』という意味です。これは今こうしている二人だけの時間を指すのか、それとも二人の恋人関係の存続を指しているのか…。
実はこの歌は大伴坂上郎女が娘の代わりに娘婿に贈ったものだと言われています。自分自身ではなく娘の身になって詠んでいる訳ですね。そう思うと『やっと逢いに来た時くらいたくさん好きだと伝えないとこの関係も長くは続かないわよ』という脅しにも見えてきます(笑)
和歌には時にそうした様々な背景があったりします。
までこさんは今回、今後も二人のよい関係が続きますように、という想いを込めてこの歌を口ずさんだようです。
純粋に和歌の内容を楽しむもよし、和歌が詠まれた背景に目を向け少し違った目線で楽しむもよし。までこさん曰く、そこが和歌の面白いところなんだそうですよ。