表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一般向けのエッセイ

自分の目で物を見る難しさ

いわゆる普通の人と話していると、とにかく普通だという事に驚かされる。


というのは、彼らの言う事がことごとくステレオタイプだという意味だ。「夏休みにディズニーランドに行く」とか「東大を出たから賢い」とか「京都に寺を見に行く」とかまあそういった事を彼らは言う。


彼らの言う事はことごとくそういう範疇に収まっているので、私としては何か言いたい気持ちになるが、それをやりだすと生活が成り立たないので黙っている。


例えば、「普通の人」は、テレビに映し出された観光地には喜んで赴くが、もし、その観光地がテレビに映されていなかったから、その前をたまたま通り過ぎてもその「美」には全然気が付かないだろう。同じ物を見ても、メディアという義眼を通さなければ、彼らの視界には何も映らない。


しかし、芸術家というのはそうではない。ゴッホがアルルの風景を見た時、彼は自分の目で物を見たのだと思う。しかし我々にとってアルルは、「ゴッホが感激した風景」という情報込みでしか見る事ができないあるものである。ここでも我々は何も見ない。


今は意地悪い言い方をしたが、好意的に見るなら、普通の人は生活の為に認識の力をセーブしているとも言える。要するに認識に支払うコストが低いのだ。芸術家は世界を見る事に注力する。


過去の芸術家らが、大抵、ニートのような連中だったのも、今はなんだかよくわかるような気がしている。彼らがのらくらしていたのは、生活に支払うコストを低くするためだったのだろう。彼らはその代わり、認識に対して大きなエネルギーを支払った。だが、これは大抵、普通人の賛同を見ずに終わる。


では、何故、そんな芸術がいいものかと言えば、人は認識で生きているからである。認識が広がるとは、生きる世界が豊かになるという事だ。この点は科学者や哲学者とも大差ない。


普通の人が「テンプレ」を当たり前のように受け入れて生きているのも、こうして考えるとごく自明の事に見える。彼らにとってそれは生きる上で楽な姿勢なのだ。


しかし、問題は、現代の大衆社会がやろうとしているように、世界はテンプレ的な認識通りのものかどうかという事である。彼らの認識から漏れた現実はどう処理されるのだろうか。私はこの大衆社会、普通の人の普通さが、ある臨界点を越えると、一気に非常識に変わるだろうと思っている。歴史を見ればそういう事はしばしばあった。


その時、人は自分たちの普通を反省する立場に移行せざるを得ないだろうか、しかし、彼らはまた違う「普通」の中で過去の「普通」を断罪して、自分はもう過去の自分とは違うというとぼけた表情をするだろう。


その時、芸術家はどんな表情をしているだろうか。彼らはとにかく見る。そして描く。表現する。しかし彼は彼の見た世界をどこか語り難い事を知っている。一般に優れた芸術家の「気難しさ」とはそういう所から来るのではないか。


彼はより豊かな世界に通じる鍵を持っているが、その鍵を受け取らないのは彼が意地悪だからというより、彼がその鍵を我々に渡そうとしたのを、我々がずっと拒否してきたからなのだ。そこで芸術家は気難しい表情で、自分の世界のみを信じ続けなければならないという風になる。


そうして彼が見た世界が、表現として、象徴として定着され、それを後にやってきた人が少し見る。そしてやっと、彼の孤独にほんの少しヒビが入る。だが大抵の場合、彼は既に亡き者になっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読んでいて、篠山紀信さんだったか、プロカメラマンの方の言葉を思い出しました。 「概して写真家は目つきが悪い。常に盗ってやろう、撮ってやろうという目で世間を見てる」 芸術家の感性は共通している…
[一言] >過去の芸術家らが、大抵、ニートのような連中だった これはすごく共感出来ます。現に私も、生活保護をもらいながら、週にたった二時間だけ作業所で働いている身です。だから好きなだけ思索にふけり、…
2020/08/04 22:06 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ