第九十七話 胡桃は怪人と戦ってみる
時はあれから数分後。
現在、胡桃は走っていた。
当初は何人かの生徒とすれ違ったが、今ではそれもない。
皆シェルターに避難したに違いな。
けれど、今胡桃が向かっているのはシェルターではない。
(あの炎が立ち上った管理室……きっと、あそこに怪人がいるはず! あたしはそこで怪人を倒して、少しでも空に――唯花に近づいて見せるんだから!)
と、胡桃がたどり着いたのは、管理室近くの無人となった渡り廊下。
そこにそれは居た。
「怪人……!」
黒い靄が人型を取っている怪人。
大きさは三メートルほどだ。
場所から考えて、これが管理室で爆発を巻き起こした怪人に違いない。
というのも、多数の怪人が侵入したという校門と、ここからは離れているのだ。
(それより大事なのは、これなら心起きなく怪人と一対一で戦えるってことなんだから!)
人外との初めての実戦。
ここで怪人に勝利できれば、きっと空の強さに近づけるに違いない。
と、胡桃がそんな事を考えたその時。
「grrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!」
怪人は耳障りで到底聞き取れない言葉を上げ、胡桃の方へと振り返る。
怪人の中には喋れる怪人も居るが、この怪人は喋れない怪人に違いない。
なんにせよ、これはいいことだ。
(強さは変わらないけど、喋れない方が戦いに集中できるんだから!)
と、胡桃がそんなこと考えていたその時。
怪人は手に当たる部分を、鎌の様に変化させ――。
「っ……《イージス》!」
直後、胡桃の盾から舞い散る大量の火花。
怪人が鎌の手を触手の様に伸ばし、凄まじい速度で攻撃してきているのだ。
けれど。
(ふんっ……そんな攻撃、全然効かないんだから!)
こうしているとわかる。
やはり胡桃は強い。
怪人は警察や自衛隊の既存戦力では、到底勝てないほどに強力な存在なのだ。
それどころか、ヒーロー養成学校などで訓練を積み、異能を伸ばさなければ異能力者でも勝てない超越した存在。
現に今胡桃が戦っている怪人の戦闘能力も凄まじい。
怪人は鎌を振う余波だけで、周囲の地面を破壊しているのだ。
直撃すれば歴戦のプロヒーローでも、即死するに違いない猛攻。
それを今、胡桃は自力のみで弾き返している。
ならば、このまま学校に通い、力を伸ばせば胡桃は確実に高みへ登れる。
(なんだ……あたしとしたことが、少し弱気になってたみたいね! 空という存在と比べたら弱いけど、他の雑魚と比べたらあたしは充分つよ――っ)
と、そこで胡桃は猛烈な吐き気を感じる。
それどころか、立っていられないほどの眩暈。
「う……ぷっ」
胡桃は思わず口元に手をやるが、異能だけは解くわけにはいかない。
彼女はそんな事を思いながらも考える。
(なに、これ……いったい、何が)
今では胡桃の身体はガクガクと震え始めている。
怪人を目視できない……すぐにでも逃げ出してしまいたい。
「っ……ま、さか」
トラウマ。
胡桃の脳裏にそんな言葉がよぎる。
思えば胡桃が怪人と向かい合ったのは、唯花が攫われた日以来だ。
だからこそ胡桃は気がつかなかったのだ。
自分が怪人に対し、トラウマを持っていることを。
自分はヒーローになるどころか、そもそも怪人と戦えないという事実に。
胡桃は動けない。
攻撃に移るタイミングがわからない。
彼女に出来ることはただ一つ。
「あ……う、ぁ」
さっきと打って変わって。
ただただ、《イージス》の中で縮こまるだけだった。




