第九十五話 胡桃と空③
(強くならないといけないのに……唯花のために)
「ねぇ、胡桃? さっきからうつむいてるけど、僕の話聞いてる?」
と、ふいに聞こえてくる空の声。
ここで胡桃は、これまで完全に彼の言葉が入ってきていなかった事に気が付く。
そんな彼はなおも胡桃を労わる様な声で、続けて言ってくる。
「ひょっとして、具合が悪いの? それなら保健室に行った方がいいんじゃ」
「いい。あたしはそんなにやわじゃないんだから」
「やわとかって問題じゃないでしょ……っていうか、本当に大丈夫ならもう少し余裕持ってよ。胡桃はもう立派な風紀委員なんだから」
「っ」
「言ってなかったけど、氷菓さんだけじゃなくて、僕も胡桃に期待してるんだよ。風紀委員は殆ど幽霊の時雨入れて、三人しかいなかったからさ」
言って、空は胡桃の肩を叩きながら続けてくる。
「胡桃はすごく強いから、風紀の仕事も――」
「うるさい!」
けれど、胡桃は空のそんな言葉がもう我慢できなかった。
故に、胡桃は空の手を弾き飛ばしながら、彼へと言う。
「あんた何様よ! 余裕がないだの、期待してるだの! ふざけないでよ!」
「え、えっと……なんか不愉快にしたかな? それなら謝りたいんだけど」
「気を使ってるだけでしょ! 風紀の仕事だって、全部あんた一人でなんとかなるじゃない! それだけ力を持ってるなら、誰にも頼る必要ないじゃない!」
「いや、そんなこと……っていうか、そんな睨まないで落ち着いて――」
「黙って! さっきから何!? あたしの心配してるのはお情けってわけ? あたしが弱いままだから、気を使って優しくしてるわけ!?」
あぁ、何言ってるんだろう。
と、胡桃にわずかに残った冷静な部分は告げている。
これは完全に八つ当たりだ。
空は本心から胡桃に期待してくれている。
そして、落ち込んでいる胡桃を気にかけてくれている。
わかっている。
けれど、胡桃の口は止まってくれなかった。
「いい迷惑なのよ! もういい! 二度とあたしに話しかけないで! そもそも奴隷ってなに!? そんなやり方で力を手に入れようとしたのが間違ってたのよ!」




